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  魔法使いたちの憂鬱

       第十五話 お兄さん葛藤中。

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1.神崎家の朝(神崎良)

 綾の様子がおかしい。

 いや、まあ。綾の生徒会入りに前後したこの数週間、綾の様子はずっとおかしかったけれど。でも、ここ数日は「おかしさ」のベクトルの向きが今までとは変わっている。今までは、拗ねたり、怒り出したりと感情が「負」の方向に向く事が多かったのだけれど、それが今では逆になっているのだった。つまり、どういう事かというと。

「兄さん、おはよう」
「うおっ!?」
 登校前。まだ眠い目を擦りながら居間に入った途端、俺はいきなり背後から抱きつかれて思わず声を上げた。慌てて首を後ろに回せば、綾が俺に抱きついたまま嬉しそうに微笑んでいる。

「おはよ、兄さん」
「お、おはよう……って、いや、そうじゃなくて!」
「え? 何?」
「『何?』じゃない。離れろよ」
「……なんで?」
「なんでって、お前な。朝から暑苦しいだろ」
 胸に回された手を叩きながら努めて冷たく「離れろ」と告げる俺に、しかし綾は相変わらず微笑みを崩さない。

「えへへ。照れることないのに」
「照れてない」
「でも、顔赤いよ?」
「っ?! それは暑いからだって!」
「ホント?」
「ホントだ!」
「うんうん。そういう事にしておいてあげるね」
「お前なあ……って、だから抱きつくなって言ってるだろうが!」
「だから、照れなくても良いのに。えへ」

 ……とまあ、こんな具合に。

 この一週間というもの、妹はやけにこんな具合に機嫌良くスキンシップを試みてくるようになったのだった。いや、スキンシップ自体は前からやっていたと言えばやっていたのだけど……何か違う。
 何が違うのかと問われると、答えにくいのだけど、綾に余裕があるというか、主導権を握られていると言えばいいだろうか。今みたいに「離れろ」とあしらってもめげる様子を全く見せないのだ。
 対して俺はと言えば、まあ、今見せているとおりの有様で。慣れているはずの綾の感触に狼狽してしまうことが度々あったりなんかして、主導権なんてものを握れるほどの余裕がなかった。

 まあ、綾が鬱々とストレスを溜めているよりは、こうして楽しそうに笑ってくれている方が俺としても嬉しいけれど……反面、俺の方は混乱と自己嫌悪に胃に穴が開きそうだったりする。その内、禿げるかもしれない。そんな不吉な想像が頭を掠めた刹那、とてとてと軽い足音とともに、廊下の奥からレンさんが姿を見せた。

「……朝から騒々しいぞ、お前達。というか主に綾」
「あ、レンさん。おはようございます」
「おはよう。朝から大変だね、良」
 いつもようにワイシャツ一枚という出で立ちのレンさんは、ドアの所で揉めている俺たちに呆れたような視線を向けながら、小さくため息を零した。

「まったく……ほら、綾。朝から良を困らせるんじゃない」
「困らせてなんかいません。ただ兄さんといちゃついているだけだもん」
 レンさんの言葉に、綾は不満げに唇を尖らせてそんな台詞を宣った。あげく、俺から離れるどころかますます抱きつく腕の力を強くする。そんな綾に、レンさんは肩をすくめて、ますます呆れたように綾を見る目を細めた。

「いちゃつく、ね。私にはお前が一方的にじゃれついているだけにしか見えないが」
「そんなことないです。ほら、兄さんもこんなに嬉しそうだよ?」
「……誰が嬉しそうなんだ、誰が」
「もう、だから照れなくて良いのに」
「人の話を聞いてくれ、頼むから」
 レンさんの注意にも全く悪びれる様子のない綾に、レンさんは深々とため息をついてから、ひょい、と綾の制服の襟首をつまんだ。

「ほら、いい加減、離れないか」
「むー。レンさん邪魔しないでよぅ」
 頬を膨らませながら文句を言う綾だが流石にこれ以上は怒られると分かっているのか、しぶしぶといった表情でようやく俺から離れてくれた。

「ああ、兄さんとのいちゃいちゃが終わっちゃった……」
「朝から兄といちゃつくんじゃない」
「えー」
「えー、じゃない。良だって、朝は私といちゃいちゃしたいに決まってるんだ」
「そんなの決まってないもん!」
「いや、決まってるぞ? なあ、良?」
「あのですね……」
 意味ありげに目を潤ませて上目遣いは止めて下さい、レンさん。話が違う方にややこしくなるから。万が一、妹に続いて、母親まで意識するようになったら、人間として生きていく自信がなくなります、俺。
 そんな俺の内心の呟きはさておき、レンさんは居間の時計を指さしながら口を開いた。

「ま、とにかくさっさと朝食にしよう。時間無くなるぞ」
「あ、わたし生徒会があるから先に行くね」
「あれ、朝ご飯は食べないのか?」
「私はもう食べちゃった。二人の分とお弁当は用意してあるから」
 そう言われて綾の姿を見ると、既に制服姿だ。今日も今日とて朝から生徒会らしい。

「毎日大変だな」
「寂しい?」
「さっさと行け」
「はーい。行ってきます。兄さん、また後でね」
 元気いっぱい、と行った様子で綾は小走りに玄関に向かう。その背中に視線を送りながら、レンさんが再度ため息をついた。

「やれやれ、まあ鬱々としているよりも、吹っ切れた方が良いんだが……良」
「はい?」
「あまり思い詰めるなよ。ま、なるようにしかならないさ」
 レンさんはそう言うと、ぽん、と背中を叩いて微笑んだ。まるで、全てを見通しているような、そんな言葉を口にしながら。

2.午前の作戦会議中(神崎綾)

「という訳で今朝も、ちゃんと兄さんとスキンシップできたよ」
「そう。よかったね、綾」
「うん」
 授業の合間の休憩時間、今朝のことを報告する私に、佐奈は嬉しそうに目を細めて仄かに微笑んでくれた。遊園地の出来事から一週間、こうやって兄さんとの出来事を相談する度に佐奈は「その調子だよ」と私のことを応援してくれている。そんな佐奈だったけれど、私の話が一段落すると、今までとは違って少しだけ表情を改めた。

「でも、綾。そろそろ攻撃力を一段階あげるべきだと思う」
「……攻撃力?」
「うん。今、良先輩の防壁は大きく揺らいで隙が出来ているけど、それがいつまで続くかは分からないよ? だから、この機を逃しちゃ駄目。一気に攻め崩しちゃおう」
「攻め……崩す」
 いつものように淡々とした佐奈の声に、しかしいい知れない迫力を感じながら、私は彼女台詞を繰り返す。確かに攻めることは大事で、私だってそうしたい。だけど……

「でも、ちゃんとスキンシップしてるんだよ?」
「兄妹としてのスキンシップになってない? 抱きついたりは今までもしてたよね」
「う……」
 確かに言われてみると、その通りかも。兄さんの反応が違うだけで、私がやっている行為自体は今までと大きくは変わらないかも知れない。そして、今は抱きついたら、ちゃんと照れてくれているけれど、それがいつまた以前のような状態に戻ってしまうとも限らない。
 その私の考えを見越したように、佐奈は真剣な表情で頷きながら続けた。

「良先輩が理性を取り戻して「あくまでこれは兄妹のスキンシップなんだ」って、思い直すより前に攻めないと駄目」
「そ、そうか。そうよねっ」
 佐奈の指摘に「確かに」と私は頷いた。今までずっと想い続けてきてようやく訪れたチャンスらしいチャンスなんだから、逃してはいけない。

「でも、今までやったことのない様な方法で攻めなきゃ駄目なんだね?」
「うん」
 頷く佐奈に私は考えを巡らせる。今までやっていないこと。そして兄さんが私を意識してくれそうなこと。それはいったい何なのか。

「……」
「綾のえっち」
「そ、そんなことないもん!」
 思わず頭に浮かんだことを見透かすような佐奈の呟きに、私は慌てて首を横に振った。……自分でも耳が赤くなっているので説得力はあまりないとは思うけれど。
 そんな私にいつものように「冗談だよ」って小さく口元を綻ばせた佐奈は、私を安心させるように首を縦に振ってくれた。

「でも、そっちの方向で間違ってないと思う」
「やっぱり、えっちなこと?」
「うん。でも、その前に……素直に告白した方がいいって思う」
「あ……」
 基本中の基本のを指摘されて、私は今度こそ間違いなく羞恥に顔を赤くした。そんな大切な事が頭から抜け落ちていたなんて、我ながら浮かれすぎているにも程がある。

「綾のえっち」
「ごめんなさい」
 今度は返す言葉もございません、と反省してから「でも」と私は小さく首をかしげた。

「でも、どうしたらいいかな……兄さんには言ったんだけどな。「好きな人はいるよ」って」
 私は「天国への塔」での事を思い起こしながら、呟いた。普通、あんな状態で、あんな台詞を言ったら少しぐらいは私の気持ちは通じても良さそうなのに。そう零す私に、佐奈は諭すように言った。

「綾。普通の人は妹さんが「好きな人がいる」っていっても、自分のことだとは思わないよ?だから、それで気付って言うのは我が儘だと思う」
「う……そうかなあ」
「うん」
 常識論で諭されて、私は僅かに肩をおとす。そんな私を励ますように佐奈が小さく微笑んでくれた。

「大丈夫。綾。きっと、もう一息だから、頑張ろう」
「うん。ありがとうね、佐奈」
 こういう時の佐奈は本当に頼もしくて。

「ところで、綾」
「なに?」
「もう綾は良先輩とキスしちゃったんだから、私も先輩とキスしちゃってもいいよね?」
「駄目です」
「……ケチ」
「ケチとかそういう問題じゃないのっ」
 そして同時に油断成らなかった。

「……大丈夫」
 唇を尖らせる私に、佐奈は小さく口元をほころばせる。

「綾と良先輩がちゃんと結ばれるまで、私からは何もしないから」
「もう……まあ、佐奈らしいけど」
 微妙に引っかかる言い方だけど、その辺りは佐奈の茶目っ気だって分かってるから、気にしないでおこう。それよりも今は、私自身が頑張らなくちゃいけない時だ。

「……よし」
 その思いに気合いを入れて、私は小さく拳を握ったのだった。


3.親友たちのお昼休み(神崎良)

 霧子と龍也の様子がおかしい。
 ……なんだか、朝にも同じようなことを考えていた気もするけれど、それはさておき。

 遊園地の翌日あたりから、二人の様子が普段と違うような気がするのだった。こうしていつものように中庭の一角で弁当を食べているときでも、なんとなく空気がぎこちない。別に避けられている、という訳じゃないけれど……なんというか、距離を測られているような、そんな雰囲気を感じてしまう。

(……なんなんだろうな)
 二人に対しておかしな事をしたつもりはないのだけれど、ここ最近、綾のことで頭がいっぱいだったので、知らない間におかしな事をしでかしてしまったのだろうか。
 そんな不安を抱いたりもしたけれど、俺の行動が原因で気分を害したら霧子ならはっきりと文句を言うだろうし、龍也だって指摘してくれるだろう。だから、別な理由があるとは思うんだけれど、その理由に思い至らない。

「良?」
「え?」
 箸で弁当をつつきながら思考に沈んでいた俺は、霧子の声で現実に引き戻された。気付けば霧子が気遣わしげに俺の顔を覗いている。

「どうかした? なんか、ぼーとしてるけど」
「ん……まあ、どうかしたと言えばどうかしたんだけど」
 霧子の問いかけに、俺は箸を止めてその表情を伺う。じっと俺を見る霧子に嫌悪や怒気などは感じられない。でも、いつものように「何を呆けてるのよ」とからかうような口調でもなくて、やっぱり俺の様子を伺っているというか心配しているというか、そんな雰囲気を漂わせている。
 ……らしくない、と言えば怒られるかも知れないけれど、やっぱり霧子らしくない、と思う。

「あのさ、霧子」
「なに?」
「……何かあったのか?」
「え?」
 思い切って投げかけた言葉に、一瞬、霧子の表情が引きつった。浮かんだ動揺に軽く目を泳がせながら、しかし霧子は「何のこと?」と惚ける言葉を口に乗せる。

「な、何かあったって、なにが?」
「いや、分からないから聞いてるんだけどな。この間からなんとなく様子が変だから」
「様子が変って、私が?」
「お前だけじゃなくて、龍也もだけどな」
「え?」
 そう言いながら横目で龍也の方を見ると、龍也は驚いたように何度か目を瞬かせていた。

「ぼ、僕の様子もおかしいの?」
「ああ。この間から、なんか変だ。お前も、霧子も」
「そ、そんなことないわよ?!」
「良の気のせいだと思うな?!」
 ……思いっきり声が裏返ってるぞ、お前ら。狼狽える二人の態度に疑念を確信に変えて、俺は目を細めて問い掛ける。

「……なんかあったな? お前ら」
「そんなことないってば。ね、龍也」
「そ、そうそう」
「なるほど。惚ける気か」
「惚けてなんかいません。人聞きの悪いこと言わないでよ」
「何故目をそらす?」
「……な、なんとなくよ! それより良!」
「お前な。誤魔化すにしても、強引だぞ。それ」
「うるさいわね。それよりも!」
 強引に主導権を奪い返す、とばかりに声を強めながら、霧子が俺の鼻先にぴしり、と指を突きつけた。

「それより、そっちの方はどうなのよ」
「そっちの方?」
「だから! その……綾ちゃんとはどんな感じなの?」
「う」
 綾の名前に俺は一瞬言葉に詰まる。途端、その俺の態度に、二人の顔色が同時に変わる。

「ウソ。なにか、あったのっ?!」
「まさか、良……やっぱり、綾ちゃんと?!」
「な、何にもないぞ?! っていうか、龍也。「やっぱり」って何だ、「やっぱり」って?!」
 突如、詰め寄る二人に俺は慌てて首を横に振る。でも思わず声がうわずったのは、「何もない」と答えつつも「例の事件」が頭をよぎったかもしれない。

「……怪しいわね」
「良、ほんとに何もないんだよね……?」
 そんな俺の狼狽は、霧子と龍也には伝わってしまったのか、二人は訝しむように少し目を細めた。

「何もないってば」
 本当はあったといえばあった訳だけど。しかし、いくら霧子と龍也にだって「いや、実は妹にキスされたんだよ。あはは」なんて言えるわけもない。なおかつ、それ以降、綾の些細な行動で動揺し続けているなんて尚更言えるわけもなく。

「……ホントに何もないぞ?」
「目が泳いでるわよ、良?」
「失礼な。何もないって」
「本当に?」
「う」
「『う』って何よ! ほら、やっぱり狼狽えてるじゃない!」
「狼狽えてない! そうじゃなくて、えーと、ほら、綾の態度が変わっただけだって」
「綾ちゃんの態度が、変わった?」
「そうそう」
 二人に完全にウソを突き通す自信はなくて、俺は「綾との出来事」じゃなくて「最近の綾の変化の事」を答えの代わりに返した。そもそも霧子と龍也には、綾のことで色々と相談しているだから、完全に隠し通すなんて事もやりたくはない。

「いきなり怒り出したりすることは無くなっただけどさ。代わりに、やたらとべたべたしてくるようになった」
「べ、べたべた?!」
「綾ちゃんが、良に?!」
「いや、ほら、あれだ! べたべたっていっても、遊園地のお礼のつもりなんじゃないかな! あいつなりの」
 二人の顔が青くなったのを見て、俺は慌てて首を振りながら続けた。

「お礼って……良が綾ちゃんのこと助けたからってこと?」
「正確には「助けようとした」だけどな」
 結局は俺の空回りだったわけだし。「風」の魔法のクッションは……まあ、一応、それなりに成功していたから遊園地側の安全装置が無くても多分、二人とも死にはしなかったと思うけど、流石にアレだけでは二人とも無傷で済んでいた保証なんかないし。
 だから……アレはきっと綾なりのお礼の態度なんだろう。そういう俺の言葉に霧子と龍也は何故か微妙な表情で顔を見合わせた。

「……」
「……」
「……えーと。俺、なんか変なこと言ったか?」
「あ、ううん。良は別に変なこと言ってないわよ?」
「うん。そうだよ。良は変なこと言ってないんだけど」
 俺の問いかけに、そろって首を横に振る二人は、しかしまたもや同時に二人が顔を見合わせる。
 ……一体、なんだっていうんだろうか。やっぱり何かおかしいと、俺が首をひねっていると、なんだか霧子は一瞬考えるそぶりを見せてから、ぐっと俺の方に身を乗り出した。

「あ、あのさ。良」
「な、なんだ?」
 やっぱり何かまずいことを言ったのだろうか。霧子の様子に軽く身構える俺に。

「これ……、食べる?」
「え?」
 そう言いながら霧子は自分の弁当箱の中からおかずをつまみ上げながら、俺に差し出した。……って、え?

「えーと、霧子?」
「良って、これ好きじゃなかった?」
「いや、好きだけど」
 確かに卵焼きは好きだけど。だから、なんで唐突にそれを俺につきだしているのか、その意図が分らない。何をどうやったら今の話の文脈からそういう行動につながるのか、さっぱり理解できないのですけれど。霧子さん。
 しばし戸惑うままに、卵焼きと霧子の顔の間で視線を往復させていると、霧子の表情がふと不安に曇った。
 
「……いらない?」
「いや、そんなこと無いぞ?!」
 呟くようなその声が、ひどく儚げで。俺は咄嗟に声をあげて慌てて首を横に振る。

「くれるんなら喜んで貰うけど……いいのか?」
「う、うん。じゃあ……」
 俺の言葉にほっとしたような表情を浮かべた霧子だったが、今度は卵焼きを掴んだ箸を動かそうとして、何故か硬直した。そしてそのままの姿勢で、ちらちらと俺の顔と卵焼きの間で視線を往復させる。

「……霧子?」
「は、はいっ。あげる!」
「うおっ?!」
 俺が「どうかしたのか」と口にするより先に、霧子はぽーん、とつまんだ卵焼きを俺の弁当箱へと投げ入れた。それを零さないよう慌てて弁当箱で受け取りつつ、俺は霧子に声を上げる。

「お前な! 食べ物を投げるな!」
「なによ! ちゃんと渡せたんだからいいじゃない!」
「そういう問題じゃないだろうが!」
「そういう問題なの! いいからさっさと食べなさい」
「あのな」
「た・べ・な・さ・い」
「……わかった」
 なんだろうか。語気は強いものの、どことなく不安定な霧子の声に、今はおとなしく従おうと決めて俺は投げ入れられたおかずに橋を延ばして口に入れた。

「あ、うまい」
「ほんと?!」
 予想外、と言っては失礼だけど、想像以上の味に思わす零した言葉。それを聞いて霧子は嬉しげな声を上げた。

「ほんとに美味しい?」
「うまいよ。霧子って料理できたんだな」
「一応、人並みぐらいにはね。何よ、知らなかったの?」
 ふふん、と一転して機嫌の良くなった霧子に小さく笑って卵焼きを飲み下す。と、その次の瞬間、つんつんと龍也が俺の腕をつついた。

「あ、あのさ、良。こっちも食べる?」
「え?」
「だから、そのお弁当。はい」
「え、ええ?」
 再び何が起きているのか混乱し始めた俺を尻目に、龍也は自分の弁当箱を俺に向かって差し出している。……なんだろう。やっぱり霧子と龍也は二人して何か企んでいるんだろうか。

「……あのな、龍也」
「な、なに?」
「言っておくが、金はないぞ?」
「別に金銭要求してないよ! ただ、えーと……そうだ。僕、最近太り気味だから、ちょっとダイエットしようかなあ、って」
「ダイエット? お前が?」
「うん。そうそう」
「……ふーん?」
 男がダイエットなんか気にするな、なんて事は言わないけれど、コイツは自分のどこをダイエットしたいというのだろうか。前々からもう少し身長が欲しいとぼやいていたから、寧ろ食べた方が良いとは思うんだけど。
 
「まあ、くれるなら貰うけど。いいのか?」
「勿論、はい。どうぞ」
 そう言っておかずを箸でつまみ上げると、龍也はそれを俺の顔の前に持ってきた。そして、そのままの位置で停止する。

「……」
「……龍也?」
 そのおかずを受けようと俺が弁当箱を差し出しても、龍也は、なかなかおかずを落としてくれようとしない。
 一体、なんのつもりだろうかと俺が訝しんで眉をしかめると、やがて龍也はおずおずといった態度で口を開いて、言った。

「あ、あーん」
「…………いただきます」
「あ」
 龍也の言葉を聞かなかった事にして、俺は素早く差し出された唐揚げをひょいと箸で直接つまみ上げ、そのまま口に入れた。そんな俺の行動に龍也はなんだかショックを受けたような声色で抗議の声を上げる。

「良! お箸での受け渡しって行儀がわるいよ」
「やかましい」
 行儀が悪いのは重々承知だが、流石に龍也が相手でも、男相手に「あーん」とされるのは抵抗がありすぎる。というか、何故に頬を染めるんだ、お前は。

「うう、頑張ったのに」
「……ちょっと、龍也。なんであんたが頑張るのよっ」
 何故か肩を落とす龍也に、霧子が呆れたような口調で問い掛けた。

「いや、その……先生に言われたしね?」
「頑張る相手が違うでしょ」
「じょ、冗談だって。あはは」
 目の前でかわされる二人の会話。龍也の唐揚げを咀嚼しながら、その内容が気になって口を挟む。

「頑張るって、何のことだ?」
「な、なんでもないわよ?!」
「いや、なんでもないよ?!」
 ほぼ同時に答えて首を横に振る二人。しかし、ここまであからさまに態度がおかしければ、流石に「何もない」と思う方がおかしいだろう。

「……なんか、変だな。お前ら」
「な、なんのこと?」
「変なことなんか何もないよ?」
「怪しい」
「怪しくない」
「そうだよ。全然怪しくないよ?」
「なら、何故に目をそらす?」
「……」
「……」
 やはり何かあるな。仲良く視線を逸らす二人に、俺が尚も詰め寄ろうとすると、霧子が再びおかずを掴んで俺に突きつけた。

「なにも企んでないから、ともかく食べなさい」
「なんでそうなる」
「いいから、ほら!」
 俺の顔の前に箸を付きだして、そのまま静止する。それはさっきの龍也と同じ体勢で。

「……」
「……霧子?」
 口の前に箸を持ってきたまま停止する霧子の姿勢はさっきの龍也と同じだから、つまり、その意図も同じなのだろうか。まさか……と思って戸惑う俺に、霧子はほんの少し頬を赤くして小さく呟くように言った。

「……口、開けてよ」
「っ?」
 想像通りの言葉に、一瞬、絶句する。突然の事態に思考がついて行かずに思わず硬直してしまった俺に、霧子はやがて意を決したような表情で口を開いた。

「あ、あーん」
「っ?!」
 ここまで言われると最早、その意図は間違いようもなく、俺は促されるままゆっくりと口を開いた―――その、刹那。

『風よ。以て、その標を打ち堕とせ』

「うおっ?!」
「え?」
 パン、という乾いた音とともに、肉団子が宙を舞い、そして霧子の弁当箱の中へと零れて戻った。

「何だ?!」
「な、何?!」
 今のは、多分、風の魔法。しかも、今の声は……。
 突然の事態に驚きながら、一斉に振り向いた俺たちの視線の先、そこには髪を風になぶらせつつ仁王立ちをしている妹の姿があった。

「あ、綾?!」
「ちょ、ちょっと綾ちゃん! なんて事するのよ!」
「ご免なさい、霧子さん。ちょっと、手が滑りました」
 いきなり魔法を放たれて憤慨する霧子に、綾はぺこり、と頭を下げる。そして再び上げた顔には、しおらしい表情が浮かんでいたが、なんだか物凄く怒っているようにも見えたのは何故だろう。
 それはともかく「手が滑って魔法がお弁当を直撃する」なんて事がありうるのだろうか。その疑問に、霧子は「否」と結論づけたらしく、俺たちの方に歩み寄る綾に、怒りの視線を向けていた。
 
「あのね、綾ちゃん。手がどう滑ったら、風の魔法が起きるのかしら」
「ちょっと練習していたら方向を間違えちゃいました。未熟でお恥ずかしい限りです」
「それで、どうして正確におかずだけを直撃するのかな……?」
「偶然って怖いですよね」
 物腰柔らかに謝ってはいるのだけれど、しかし悪びれていないことは態度で伝わってきて、というか霧子に謝りつつ俺をもの凄く睨んでいる気がするのは気のせいか。妹よ。

「それより、兄さん」
「な、なんだ?」
「あんまり食べ過ぎるのは良くないと思うよ? 油断してたら太っちゃうんだから」
 ごく穏やかな口調なのに、ぴりぴりと帯電するような迫力を感じるのは、本当に俺の気のせいなんだろうか。気のせいじゃないとしたら、果たしてこいつは何に怒っているというのだろうか。
 困惑する俺を尻目に、龍也を目線だけで追い払い、トスン、と俺の隣に腰を下ろした綾は手に提げていた弁当をほどきながら微笑んだ。

「ということで兄さんには私の弁当をあげます。兄の健康管理は妹の役目ですし、霧子さんのお弁当を「偶然」落としちゃったお詫びも兼ねて」
「大丈夫よ。綾ちゃん。おかずはまだあるから」
「いえいえ、霧子さんはご自分でお食べになって下さい」
「私ちょっとダイエットしようかなーって思ってるのよね。だから心配しないで?」
「……」
「……」
 そして、そのまま笑顔のまま見つめ合う二人。しかし、その目が笑っていないことぐらい、俺にだって分かってしまうわけで。
 あるいはこのまま喧嘩が始まるのか、と危惧した時、不意に二人の言葉の矛先が変わった。

「……兄さんは私のお弁当が欲しいって言ってます」
 言ってない。

「良は私に食べさせて欲しいって言ってます」
 そちらも言ってない。……まあ、ちょっと、というかかなり期待したけど。

 綾と霧子。二人の言葉に内心だけで答えつつ、二人の視線に耐えきれずに目をそらした先、一人、心配そうに俺の方を見つめてくれる親友の姿をみつけて俺は思わず問い掛けていた。

「なあ、龍也?」
「な、なに?」
「えーと、なんでこんな事態になってるんだろうな?」
 縋るようにして投げかけた問いには、「あ、あはは」とただ乾いた笑みが返されただけだった。

4.放課後(神崎良)

「うう。胃が重い」 
 放課後になってもまだ重い胃をさすりながら、俺は中庭のベンチに腰掛けた。あの後、結局、霧子と綾の二人の弁当を食べる羽目になったのだから、まあ胃がもたれるのは仕方ないだろう。
 しかし、なんだってああいう事態になるのか。霧子に弁当をもらえたのは、まあ、嬉しかったけど。何故に綾が乱入してきて、あげく龍也まで俺におかずを食べさせようとするのかその理由が分からない。俺を肥え太らせたって得をする奴は居ないだろうし。

「……なんなんだろうな。一体」
 ちょっと、自分の不甲斐なさが嫌になる。散々、綾のことで友達に頼っておいて、その友達の様子がおかしいときに、何も出来ないなんて情けないにもほどがあるから。

「あー、くそ。しっかりしろよ」
 ぱん、と頬を叩いて気合いを入れ直す。ウジウジと考えていたところで埒なんかあかない。
 落ち着いてちゃんと考えをまとめるために、今日は美術部にも行かずにこうして一人になれる場所にやってきたんだから。だから、ちゃんと考えないと。霧子のこと、龍也のこと、そして綾のこと、を。

「……綾のこと、か」
 そもそも冷静に考えれば、綾の事については、ここまで……そう、ここまで思い悩む事なんて無いはずなんだ。
 ……いや、まあ、そりゃあ。キスされたことは物凄く衝撃的で、それがここ最近の俺の挙動不審につながっている訳だけど。でも、考えを綾自身の事に絞ってみれば、そう心配する事態ではないんじゃないかって思う。昼休みに霧子たちにも言ったけれど「アレ」は体を張って助けようとした俺への感謝の気持ちだった、って思えば説明は付くし、最近、妙に綾の機嫌がよいことにも別の説明は用意できる。
 先日の遊園地、例の塔の上で綾は俺に「好きな人がいる」って言った。つまりあれからその「好きな人」との関係がうまくいって、その所為できわめて上機嫌になっている、と考えるのが自然じゃないだろうか。少なくとも「俺とキスしたから綾は上機嫌じゃないのか」なんていう考えよりも可能性としては非常に高いと思う。
 ……いや、まあ。少しでも後者の可能性を考えてしまった自分自身に目眩を覚えたりもするのだけれど。

 それはともかく綾が好きな人との関係がうまくいって上機嫌、と考えるのなら問題は「綾が好きな人は誰か」という事に移る。綾は確かに「俺が知っている奴」だって言っていたから、可能性が一番高いのはやっぱり龍也じゃないかと思うんだけど。

「それだと、話がつながる……のか?」
 つまり、綾と龍也の関係が進展するなにかの出来事が遊園地の後にあった。そう考えれば、綾の機嫌が良くなった時期と、龍也の様子が変になった時期が一致することに説明がつく。龍也が俺との距離を測っているように感じるのも、綾を奪っていく事への罪悪感めいたモノからだと考えれば、つじつまが合わないこともない。無いのだけれど―――。

「都合よく考えすぎかな。流石に」
 呟いて俺は頭を振った。さっきウジウジと考えていても仕方ないと言ったところなのに、再び自分勝手な想像を巡らせていた事に小さく自嘲して、軽く頭を掻いた。今のままだと、こうして勝手な想像をするぐらいしかできないのだから、結局の所、きちんと話をしなければ始まらないんだ。
 そう。きちんと……綾と話をした方が良いに決まってる。

「それは、わかってる……つもりなんだけどな」
 呟いた瞬間、ふと、唇にあの時の感触が蘇る。ついさっき「綾なりの感謝の気持ち」だって結論づけたはずの行為の記憶。それが、俺の心にブレーキをかけてしまう。
 本当に……本当に、アレはただの感謝の気持ちだったのかって。そんな気持ちが俺の臆病さを、刺激してしまうから。

 本当に、綾は龍也のことが好きなのか。確かめなければならない事はわかっていても、そのことを確かめることが、少しだけ、怖いのだ。
 今日だって、特に龍也にアプローチしていた様子はなかった。霧子と張り合って俺の口におかずを放り込むことにご執心だったしな。あいつ。だからって訳じゃないけれど、つい、考えてしまうことがある。

「まさか……なあ」
 いくらなんでも、それはない。そりゃあ、小さいときからずっと一緒にいたし。ブラコン、シスコンと揶揄される俺たちだけど。

 でも……。

 ほんの少し、捨てきれない迷いが胸の中にあった。
 もし万が一。本当に、万が一。ついさっき考えて捨てた「俺とキスしたから綾は上機嫌じゃないのか」なんていう我ながらあまりにシスコン過ぎるその考えが、間違いじゃなかったとしたら―――?

「流石に自意識過剰かなあ、これは」
「誰が自意識過剰なんですか?」
「え?」」
 自嘲まじりの呟きにかけられた声。凜としたその声に顔を上げれば、そこには訝しげな表情で俺を見下ろす端正な女性の顔があった。

「……会長?」
 整った顔立ちに、意志の強そうな蒼の瞳。見間違えるはずもなく、生徒会長の紅坂セリア先輩その人だった。

「こんにちわ、神崎さん」
「こ、こんにちわ」
 長い金髪を僅かに揺らしながら会釈する会長に、慌てて挨拶を返しながら俺は内心で身構える。今までの経験上、会長の方から俺に話しかけてきて穏便に済んだことはあまりないのだ。
 しかも、会長が俺に近づいてくるとき、その用件はほとんど龍也や霧子に関することだから、更にもめやすい。その事を意識しながら俺は会長に断りを入れる。

「えーと、龍也と霧子はいませんけれど」
「そんなことは見れば分かります」
 わかりきったことを聞くな、とばかりに慇懃に俺の言葉を切り捨てた会長は、そのまま黙ってその宝石みたいな瞳でじっと俺を見つめる。……いや、見つめると言うより観察しているような、そんな雰囲気だ。

「あの、会長?」
「別に変わったところは見えないけれど……どういうことかしら」
 どういうことか、とはこちらの台詞なのだが、下手にそんな言葉を口にすると逆鱗に触れてしまいそうなので、俺は黙って周囲に視線を配る。
 放課後の屋上には人気はなく、そしていつも会長の側にいるはずの篠宮先輩の姿もなかった。激昂した会長を宥めることが出来る希有な人物である篠宮先輩が居ないことに俺は軽く目眩を覚えながら、俺を値踏みするように見つめる会長に覚悟を決めて問いかけた。
「会長、えーと、その何かご用でしょうか」
「ええ。勿論」
 用もなくお前に話しかけるハズがないだろう、と態度で告げられて、俺は内心小さく息をつく。相変わらず俺に対する態度は攻撃的なまま、去年のお怒りは未だ抜けていないらしい。

「綾のことでしょうか」
「それもありますけれど。塔でのことをお聞きしたいんです」
「……塔?」
「天国への塔。先週、行ったんでしょう? 神崎さん」
「ええ、まあ行きましたけれど」
 会長の言葉に頷きながら、俺は首を傾げて問い返した。

「でも、なんで会長がそんなこと知ってるんです?」
「アレの設計者は、紅坂の関係者ですから」
「そうだったんですか?」
「そもそもあの遊園地自体が紅坂資本です。ご存じなかったかしら」
「初耳です。知りませんでした」
 というか、普通の学生はいちいち、どこどこの遊園地はどこの資本、とか気にしていないと思う。思うのだけど、当の会長はそんな俺に「不勉強ですね」と呆れたように息をついた。

「まあ、神崎さんでは仕方ありませんけれど」
「どういう意味ですか、それは」
「そのままの意味です」
「あのですね」
 思わず『わかりました。要するに喧嘩を売りに来たわけですね?』と言ってしまいそうになったが、その台詞をすんでの所で飲み込んで、俺は小さく息を吐く。

「……それよりも、その塔がどうかしたんですか?」
「単刀直入に聞きますけれど、神崎さん。あの時なにをしたんです?」
「あの時?」
「羽を壊したときです」
「はい?」
「ですから、どうやってあの羽を壊したんです?」
「いや、こうやって引っ張っただけですよ? そしたら、こうバキ、って」
 壊れて外れたんです、とあの時のことを説明すると、会長さんは不機嫌そうにその眉をしかめた。

「神崎さん。私は嘘をつかれるのが嫌いです」
「嘘なんてついてませんけれど……」
 確かにあの時は興奮状態だったし、大ざっぱな説明しか出来ていないけれど、少なくとも嘘は言っていない。そう答える俺に、なお会長は不機嫌さをあらわに首を横に振った。

「それが嘘です。あの羽は、腐っても……ええ、本当に腐ってますけれど紅坂の魔法使いの手によるものなんです。引っ張って壊れるような代物じゃありません」
「腐った紅坂の魔法使い?」
「そこに突っ込むんじゃありません」
 ぴしゃり、と俺が零した疑問を切り捨てると、会長は僅かに唇をとがらせてから、少し憂鬱そうに溜息をついた。なんとなく拗ねているような、そんな雰囲気を漂わせる会長は、首を小さく振りながら諭すように言葉を続ける。

「神崎さん。隠し事は為になりませんよ」
「本当に隠してないんですって。そもそも事故のことなら、ちゃんと遊園地の人に説明しましたよ」
「……わかりました」
「え?」
「私には素直に言えない、ということですね」
 俺の返事に、会長はやれやれ、という様子でため息をつく。そんな態度と返事に、流石にカチンと来た俺は、答える声を尖らせた。
「いい加減にして下さいよ。嘘なんかついてません。あの羽はひっぱったら、本当にとれたんです」
 ひょっとして紅坂の関係者の製品を俺が壊してしまったから怒ってるのだろうか。確かに、あんなことしなくても綾は助かった訳だし「余計なことを」と怒りたくなる気持ちはわからなくもない。でも元はといえば、綾を危険な目に遭わせた施設の方にも問題がある訳で、そっちを無視して俺を責めるって言うのは納得いかない。
 そんな気持ちで尖らせた声に、対する会長もむっとした表情で、更に刺々しい声で言い返してきた。

「いい加減にするのは貴方です。引っ張っただけで魔力構造を裁断するなんて芸当、普通の魔法使いにできるはずないでしょう」
「……魔力構造を裁断?」
 なんだ、それ。耳慣れない言葉に、俺が疑問符を浮かべて首を傾げると、会長は怪訝そうに声を潜めた。

「ひょっとして、それも聞いていないんですか?」
「初耳です」
「……あの人は。被害者に対する事情説明なんて、最優先事項でしょうに」
 俺の返事に会長は、頭痛を堪えるように額を抑えながら、誰かに向かって毒づいた。そして顔を上げると、

「……ご免なさい」
 今までの態度から一転して、俺に向かって頭を下げてくれた。……って、え?

「か、会長?」
「まさか、本当に説明を受けていないとは思いませんでした。事故を起こしたこと、その後の説明の不手際。紅坂の人間としてお詫びいたします」
「い、いいですよ、そんな」
 まさか会長が俺に頭を下げるなんてことが起こりうるなんて。あまりにも想定外の事態に、俺は慌てて手を振っていた。

「別に会長に責任があるわけじゃないですし。謝って貰わなくても」
「あら、そうですか」
 ……この人は。あっさりと表情をいつもの済ました表情に戻した会長さんに、俺は軽く頭痛を覚えて軽く額を抑える。そんな俺の態度に、この日初めて会長さんは、少しだけ表情を和らげて笑った。

「相変わらず、面白い人ですね。神崎さんは」
「だから、俺で遊ばないでください」
「あら、あなたと遊ぶのはこれからが本番なんですよ?」
「え?」
 どういう事か、と声を上げた俺に、会長さんは意味ありげな台詞を投げかける。

「だって、ひょっとしたら神崎さんは私が思っていた以上に、面白い人かも知れないですから」と。
 まるで、遊び相手を捕まえた子供のような笑みを浮かべながら。

(続く)

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