/************************************************/
魔法使いたちの憂鬱
第十八話 おわび? それとも仲直り?
/************************************************/
/1.朝の訪問者たち(神崎良)
朝。
玄関を開けると、目の前に会長さんがいた。
「……え?」
「ごきげんよう、神崎さん」
降りそそぐ朝の日差しの中、金色の髪を風にそよがせて爽やかに微笑むのは、間違いなく東ユグドラシル魔法院の生徒会長、紅坂セリアさんその人だった。
「……」
ひょっとしたら俺、寝ぼけているのだろうか。その思いに何度か目を瞬かせたけれど、目の前にあるその姿は消えることもなく、悠然と俺の前に佇んでいる。どうやら、夢ではないらしい。
「えーと……」
「ごきげんよう。とても良い朝ですね」
「あ、はい、そうですね……?」
うん。とても良い朝だ。日差しは柔らかく、吹き抜ける風はさわやかで優しい。本当に、「良い朝」という形容にふさわしい朝なんだけれど。そうなんだけど……なんで。会長さんが、ここに?
状況がさっぱり飲み込めないまま生返事を返す俺に、会長さんは俄に眉をしかめて溜息をついた。
「随分と気の抜けた返事ね、神崎さん。朝に弱いのかしら? でも、東ユグドラシルの生徒たるもの、もうすこしシャンとして頂かなくては困ります」
「えーと、はい、その……済みません」
戸惑いながらも、会長さんの指摘に頭を下げていると、背後からトテトテと軽い足音と抗議の声が追いかけてきた。
「もう、ちょっと待ってよ兄さん! せっかく、今日は一緒に行けるんだから―――って、あれ?」
俺への不満を口にしながら玄関から姿を見せたのは、当然ながら妹の綾だ。その綾も、会長さんの出現は予想していなかったのか、その姿に一瞬、きょとんと目を見開き、そして驚きの声を上げる。
「か、会長?」
「綾さんもごきげんよう」
「お、おはようございます」
俺と同じように惚けていたものの、会長の挨拶に、綾は一瞬で我に返り、慌てて頭を下げた。その綾の態度に、会長さんは柔らかく頷いてから、俺の方を見て物言いたげに目を細める。
「綾さんは本当にきちんとしていますね。お兄さんの方はちゃんと挨拶も返してくださらないのに」
「あ、すみません。おはようございます。会長」
その指摘に、俺は慌てて挨拶を返した。確かに惚けたような言葉を返していただけで、きちんと朝の挨拶はしていなかった。そんな俺の遅まきながらの挨拶に頷いてから、会長は片手の指を立てて、小言を口に乗せ始める。
「いいですか、神崎さん。魔法院の生徒たるもの―――」
「セリア。その辺りで」
会長さんが生徒会長らしく蕩々と魔法院の学生たる心構えを説き始めたその刹那、彼女の背後からその言葉を遮る声があがった。声の主は、会長さんのお目付役と目される篠宮鈴さん、その人だ。
言葉を遮られて少し顔をしかめる会長さんの背後から、姿を現した篠宮先輩は、俺と綾の二人にぺこりとお辞儀をしてくれた。
「おはようございます。神崎さん、綾さん。朝からお邪魔して申し訳ありません」
「おはようございます」
「おはようございます。篠宮先輩」
今度は即座に挨拶を返した俺たち兄妹に、篠宮先輩は穏やかに微笑んでから、傍らの会長に諭すような声で呼びかけた。
「セリア。目的を忘れてはいませんか?」
「わかっています。でも、それはそれ。これはこれよ。態度を注意するのは上級生の役目でしょう」
「そうですね、正論です。でも、急にお邪魔したのは私たちですから。お二人が驚かれるのも無理はありません。そこを咎めるのは少し酷だと思います」
「それは……そうだけど」
「篠宮先輩。済みません。惚けていたのは俺が悪いですから」
「あら、神崎さんも素直なところがあるのね」
なんだか、珍しく篠宮先輩と会長さんが口論になりそうな気配がしたので、慌てて割って入ったものの、返されたのはそんな会長さんの憎まれ口だった。
……まったく、この人は。
「確かに、鈴の言うとおり、急にお邪魔したのは私のミスです。ですから、五月蠅くは言いませんけれど、臨機応変に物事に対処できるのも魔法使いとして大切な才覚です。忘れないでくださいね」
「はい。ご指導ありがとうございます」
「ふふ、素直でよろしい。こういう後輩らしい神崎さんは初めて見るかもしれないわね」
「あ、そういえば、俺、会長さんに会長らしいこと言われたの初めてかもしれません」
「……それ、どういう意味かしら」
「いえ、そのまんまの意味です」
何故か、会長さんとは会う度に、いつも喧嘩のような流れになるので、まともに上級生としての指摘をされた覚えがない。そんな、きわめて自然な感想を口にしたのだけれど、途端、会長さんの笑みに、不吉なものが混じり始めたように思うのは気のせいだろうか。
「ちょ、ちょっと兄さん」
言い過ぎだよ、と俺の失言を窘めながら、綾は、話題を逸らすように篠宮先輩の方に言葉を向けた。
「あの、篠宮先輩。今日は朝の生徒会はないんですよね?」
「はい。今週はありません」
綾の問いかけに、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべて篠宮先輩が頷いた。つまり会長さんも篠宮先輩も、綾を連れに来た、という訳でもないようだが……じゃあ、いったい何なのか。
「それでは一体、なんのご用でしょうか」
ただ単に一緒に登校するために尋ねてきた、訳じゃないだろう。少なくとも俺と会長さんたちはそんな間柄じゃないし、綾ともそんな関係だとはまだ思えない。
そう思って尋ねた俺に、会長さんは「あら、決まっているでしょう?」と事も無げに答えてくれた。
「学校までご一緒しようと思って」
「……はい?」
一瞬何を言われたのかわからずに、俺は言葉を止める。
いや、聞こえなかった訳じゃない。言われたのはごくごく短い文章だから、そりゃ意味ぐらいはわかる。だけど、その意図が俄にはつかめずに、俺は確認するための言葉を何とか喉からひねり出していった。
「ご一緒するって……誰がです?」
「私が」
「誰とです?」
「あなたと」
「……」
「……」
つまり、会長さんが、俺と一緒に、登校したい、と。そういう訳なんだろうか。
「えーと」
一体、何の冗談だろうか。それは。
果たしてどういうつもりなのか、と俺は会長さんではなく篠宮先輩の方に視線で問いかける。が、その瞬間、向けたはずの視線は、「ごぎり」と鈍く首の骨が鳴る音と共に、強制的に会長さんの方へと引き戻された。
「ぐえ」
「あら、面白い鳴き声」
「鳴き声じゃなくて悲鳴です!」
頬をつかんで、無理矢理、人の首をひねったあげくに、鳴き声よばわりとは……っ。俺を人間扱いしていないんじゃないだろうか、この人。
「いきなり何をするんですか!」
「人と話しているときにいきなり視線を逸らすからです。本当に神崎さんは一度とことんまで指導しないといけないようですね」
なんだか空恐ろしい台詞を口にしながら、会長さんは責める視線を俺に向ける。
「まったく。目の前の私に直接聞かずに、横の鈴に尋ねるなんてどういう了見なのかしら」
「どういう了見も何も……こういう時、会長に聞くと話がややこしくなるからです」
「ふふ、本当に神崎さんは面白い人ですね。どんな風にややこしくなるのか参考までに教えてくださるかしら」
「現在進行形で、ややこしくなってるでしょうが……って、痛い痛い痛い、痛いですって!」
ぐりぐりぐりと、今度は、耳をひっぱられて悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと会長」
「セリア。やり過ぎです」
流石に、そんな俺と会長さんのやり取りを見かねたのか、綾と篠宮先輩が俺たちの間に割って入ってくれた。流石の会長さんも二人に同時に窘められて、俺の耳から手を放してくれたが、悪びれるどころか、不満げな表情を俺に向ける。
「まったく……そもそも、神崎さんは態度がなっていません」
「態度ですか?」
「女性からのお誘いに、そんな惚けた反応を返すのは感心しないと言って居るんです。猛省なさい」
「会長が俺への理不尽な態度を改めてくれるのなら、考えます」
「何が理不尽なのかしら」
「……」
本気で言ってるんだろうなあ、この人。
真顔で答える会長さんに、俺は一瞬、目眩を覚えたりしたが、そんな俺を見かねたのか横合いから綾が口を挟んでくれた。
「あの、会長。その、どうしてわざわざ兄さんを誘いに来ていただいたんでしょう?」
「そうね。お詫びの意味もあるんだけれど……」
「お詫び……ですか?」
「ええ。神崎さんだけじゃなくて、綾さんにも、ですけどね。「天国の門」で、危ない目に遭わせてしまったみたいだから」
「? あの、遊園地の件で、どうして会長が謝らなくちゃいけないんですか?」
「あそこは紅坂の資本で運営されている場所です。それに技術責任者は私の身内なんです。その責任者にはきちんとお詫びに来させますけれど、私も関係者としてお詫びします」
「あ、いえ、そんな」
折り目正しくお辞儀をする会長さんに、慌てた様子で綾が首を振る。
「怪我もありませんでしたし……その、兄さんに助けてもらえましたから」
「そう。でも危ない目に遭わせてしまったのは、こちらの責任ですから」
「いえ、寧ろ、ああいうシチュエーションならもう一度くらい……」
「綾?」
「あ、ううん? 何でもない!」
何か綾が、不穏なことを口走った気がして呼びかけると、綾は元気よく、首を横に振りたくった。そんな綾の様子に、会長さんは少し口元を緩めながら、もう一度、きちんと頭を下げてくれた。
「お二人に怪我がなかったのは不幸中の幸いですけれど、きちんと責任は果たしますから安心してください」
「ですから、もう気にはしてませんし―――」
「罰として担当者はちゃんと埋めておきましたから」
「え?」
「う、埋めた……っ?」
会長さんが口にした物凄く不穏当な言葉に、俺と綾は声を上げて、目を見合わせる。そして「冗談ですよね?」と視線で篠宮先輩に問いかけると、何故か彼女は気まずそうに視線を外した。
って、まさか?!
「ほ、本当なんですか?!」
「冗談に決まっているでしょう。本当、反応が楽しい人ですね」
ちょっと裏返った声で問いかける俺に、会長さんは楽しげに微笑んで首を横に振った。
……そういう心臓に悪い冗談は本当に止めて欲しい。なにせ、会長さんならやりかねないのだから。
「神崎さん。あなた、今、とても失礼なことを考えてはいないかしら。「私ならやりかねない」、とか」
「……ご想像にお任せしますけれど、昨日のご自分の行動内容を反芻しみてください」
「何も問題ありません」
「即答しないでくださいよ!」
少しぐらいは自己を省みるということはないのだろうか、この人は。と、思わず声を上げた俺に、傍らで綾が少し息をのんだ。
「昨日って……? 兄さん、昨日、会長さんと何かあったの?」
「え? ああ、ちょっとだけ」
昨日、俺と会長さんの間で一悶着あったことを察したのか、綾の視線に少し険が籠もる。その表情になにか危険な予感を覚えて、俺は慌てて言葉を補った。
「いや、俺も昨日、一足先に謝ってもらっただけだぞ? ほら、遊園地の事故のこと」
「それだけ……?」
「それだけ、それだけ」
正直に、「縛られたあげくに串刺しにされそうになった」とは言わないで置いた。俺だけならともかく、妹まで会長さんと悶着を起こすのは勘弁して欲しい。
その俺の態度に、会長さんも少しは感じるものがあったのか、綾に向けて申し訳なさそうな口調で詫びる言葉を繰り返してくれた。
「昨日は私の勇み足で、神崎さんにも少し迷惑をかけてしまったの。ごめんなさいね?」
「そう……なんですか」
「そうそう」
会長さんにではなく俺に確認する綾に、俺は首を縦に振った。まあ、「少し」という形容詞に些か物言いをつけたい気分ではあるが、それを指摘すると事態が悪化しかねないので、ぐっと喉の奥にその思いを飲み込んでしまう。
「ということで、遊園地の件と昨日の件。その二つのお詫びとして今朝はお邪魔させて貰ったんです」
「そうなんですか」
そこでようやく会長さんの朝からの自宅訪問の意図がつかめて、俺は大きく頷いた。ひょっとしたら、また朝から昨日の放課後のようなやっかいな事態になるのでは、と危惧したりしていたけれど、「お詫び」として来てくれたのなら、そういう事態にはならないだろう。
……まあ、会長さんや篠宮先輩と並んで登校なんていう目立つ真似には多少の抵抗はあるけれど。これをきっかけに、関係改善が進むのなら、そのぐらいは我慢しよう。そんな風に俺が一人で納得して頷いているのを尻目に、会長さんは篠宮先輩に向かってなにやら指示を出していた。
「では、鈴。車を」
「はい」
会長さんの指示に、頷いて篠宮先輩は視線を道の向こう……一番近くの曲がり角のあたりに向け、そして軽く手を振って合図めいたものを送った。
一体何をしているのだろうか。その疑問に、俺と綾が軽く目を合わせた、その瞬間。道の向こうから、黒塗りの乗用車がこちらに向かってくるのが視界に入った。
「え?」
「な、なに?」
音もなくこちらに向かってくるのは、タイヤの無い大型の「浮遊乗用車」。あまり車に興味がない俺や綾でも一見して「高い」としれる有名メーカーの高級車だった。磨き抜かれた黒曜石のような輝きを放つ車体は、いかにも空気抵抗が少なそうな流線型の形状をしている。かといって車高が低いわけではなく、むしろ高い。というか、普通の車より明らかに体長が長く、後部座席にはさぞや豪勢な設備が備えられて居るんだろうなあ、なんていうことが容易に想像できた。
そんな車を運転している誰かに向かって篠宮先輩が再び小さく手を振ると、地表を滑るようにして進んできたその車は、音もなく俺たちの目の前で停車して着地した。……正真正銘の運転手付きの高級車。その車に向かって、篠宮先輩は一度うなずくと、俺たちに向かって微笑んで、告げた。
「紅坂家の浮遊車です。どうぞ」
「ど、どうぞって……」
「え、え、え?」
篠宮先輩の言葉に、しかし、俺と綾の兄妹はそろっておびえたような声を漏らす。いや、だって。こんな如何にもな高級車にいきなり乗れ、と言われても一般庶民としては気後れするのが当たり前なわけで。
「の、乗って良いんですか?」
「一緒に登校するんですから、あたりまえでしょう?」
気後れする俺と綾に、会長さんは事も無げにそう答えると、改めて俺たちに乗車を促した。
「あ、ちなみに、本当にこれは特別車なの。鈴以外で、私がこの車に誰かを乗せるのは初めてなんですから……覚えておいてね」
果たしてそれはどういう意図だったのか。
そういって微笑む会長さんは、とても楽しげで……少しだけ、照れているように見えたのだった。
/2.昼休みの親友達(神崎良)
「それで結局、どういうことなの?」
「……俺が訊きたい」
霧子の問いかけに、俺はぐったりと机に突っ伏しながら呻くようにそう答えた。
昼休み。いつものように昼休みの中庭で……という訳ではない。俺と霧子と龍也は人目を憚るように、というか、文字通り人目を憚って、昼休みの美術部の部室に勝手に忍び込んでいた。本来、昼間に部室を使用することは禁止されているので、辺りに人の気配はなく、ひっそりと静まりかえった空気に俺は深く安堵の息を漏らす。
「ああ、静寂っていいなあ……」
「だ、大丈夫? 良」
「なんとか」
半分、魂を抜かれたように惚けている俺に、龍也が気遣う言葉をかけてくれた。
「本当に、今日は大変だったね」
「そうよね。まあ、今日はまだ半分残ってるけど」
「それを言うな……」
霧子の残酷な指摘に呻きつつ、俺は今朝からの出来事を脳裏に思い浮かべて、陰鬱な思いに駆られて息をつく。「大変だったね」との龍也の言葉の通り、俺は今朝からちょっとした騒動の主役の位置に祭り上げられているのだった。
その理由は、まあ……お察しの通り。
何しろ、威圧感と高級感あふれる黒塗り乗用車が朝、校門前に乗り付けたと思ったら、そこから会長さんと篠宮先輩以外の人間が姿を現したのだ。それも一人は男性というおまけ付き。その所為で朝の校門前は、文字通り騒然となった。
そりゃあ、騒ぎになるのは分かる。会長さんは全校生徒の憧れと言ってもいいぐらいの「崇拝」を集めている。その人気は恐らく龍也でも及ばない。そんな彼女が「男」と車通学なんて派手な真似をしたというのは、噂の種として格好の材料だろう。
『あの車、なんなんだ?!』
『会長さんと一緒に登校って、どういうこと?!』
『会長さんとどういう関係?!』
『なんでお前が特別待遇なんだ?!』
『会長さんと仲直りしたの?!』
『会長さんに屈服したの?!』
『まさかと思うが、会長さんを屈服させたのか?!』
『神崎君、速水君から会長さんに乗り換えたの?! 信じてたのに!』
『そうよ! 神崎君って女の子に興味ないって信じてたのに!』
『速水君を悲しませないでっ』
そんな感じで、朝から休み時間になる度に、質問攻めにされていた。……後半、非常に意味不明かつ不穏当な発言が混じっていたような気もするが、それはさておき。
しかし「どういうことだ」といくら質問されて、そもそも俺自身が事態を把握できていないのに、まともに答えを返せるわけもない。というわけで、必然的に「わからない」「俺が聞きたい」という類の答えを返すしかなかったのだけれど、それがまた「誤魔化している」「とぼけている」という受け取り方をされたらしく、状況は悪化の一途を辿っていった。
……という訳で、教室だの中庭だのにいる限りは、その手の質問攻めからは逃れられないと判断して、霧子の協力で美術部の部室に逃げ込んでいるのだった。まあ正直、逃げるような真似はどうかとおもうのだけれど……、龍也に負けず劣らず会長さんにも熱狂的なファンは多数居るのだ。少しぐらいの冷却期間をおかないと、おかしな事態になりかねない。
ちなみに、ここまでの逃走途中には、龍也が幻覚の魔法で俺の幻を作ってあちらこちらに放ってくれたし、今現在は美術部の周りに音を遮断する魔法を展開しているので、今のところ誰にも見つかっていない。……こういう状況に応じた魔法を何気なく臨機応変に使える辺りが、こいつの天才たる所以なのだけれど。見習いたいよなあ。おっと、閑話休題。
「しかし、会長さんって人気凄いんだよなあ……」
「そうね。今更だけど、見せつけられたって感じよね」
呆れと賞賛の入り交じった俺の呟きに、霧子も同様の口調で頷いた。そんな俺たちに龍也は、困ったような笑みを浮かべながら言葉を付け足すように言った。
「でも、それだけじゃないと思うよ」
「? どういうことだよ」
「うん。会長さんって、あまり男の人と一緒にいないらしいから。それで騒ぎに拍車がかかったんじゃないかな」
「そうなのか?」
「少なくとも僕、会長さんが男の人と一緒に登下校しているところは見たこと無いよ」
「それ、割と有名な噂だけど……知らないの? 良」
「噂って?」
「会長さんは実は女の人にしか興味ないんじゃないかって噂よ。聞いたこと無い?」
「いや、知らないけど」
そんな噂あったのか。確かにいつも会長さんと一緒にいるのは篠宮先輩だし、男の人と一緒にいるところは見たことはないけれど……。
「でも、それはおかしいだろ。去年、龍也にご執心だったんだから」
「あ、あはは、そうなんだけどね」
「あのね、良。残念ながら龍也では「その手の疑惑」は払拭されないのよ」
「……ああ。なるほど」
確かに「女装させれば本物より女らしい」とも言われる龍也相手では、その手の疑惑は払拭されないのかもしれない。……って、いや、それもどうなんだろう。
「いや、それだったら、綾の方が大変なのか? あいつ、大丈夫かな」
「綾ちゃんが会長さんと二人っきりだったんなら、ともかく、篠宮副会長も一緒だったんでしょ? だったら、綾ちゃんの方には矛先は向かないと思うよ」
「そうね。会長さんのお気に入りの娘が一人増えた、っていう見方がされるぐらいでしょうね」
「そうか、それならいいけど」
二人の言葉に、俺は、ほっと安堵の息をつく。
まあ、ややこしい事態になっているのは変わりないけれど、少なくとも綾に被害が及んでいないのは不幸中の幸いだろう。
「でも、それにしたって騒ぎすぎじゃないのか? 会長さんだって、たまたま知り合いを車に乗せることだってあるだろ?」
「うーん。そうかもしれないけど……」
「良の方は、去年会長さんと反目していたっていう事実があるじゃない。だから余計に噂的には美味しいのよね」
「……そっか。なるほど」
霧子の指摘に、俺は納得して頷いた。確かに、去年の俺と会長さんのいざこざはある程度の範囲には知られてしまっている。客観的に見れば、興味をそそられる組み合わせなのかもしれない。
そう俺が納得していると、龍也が申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「ごめん、良。また僕の所為で……」
「お前の所為じゃないだろ」
「でも、実際、何があったのよ。急に、一緒に登校してくるなんて」
「いや、だから……なんだろう」
「なんだろうって、何よ」
「だから、こう……普通に登校しただけだった」
車の中でもおかしな事を話した訳じゃない。本当にただ、世間話をしただけだ。どこに拉致されるんだろうかと、ちょっと心配になったりしていたけれど、そんなこともなく。
車に乗ってみれば、まあいつも通りの会長さんがそこに居ただけだった。まあ、やけに機嫌がよさそうな気はしていたけれど……まあ、あの人は人をからかうときには物凄く輝いているから、いつも通りといえばいつも通りだし。
「いったい何だったんだ。あれは」
「……」
「……」
俺の言葉に、霧子と龍也が顔を見合わせる。二人の顔に共通して浮かぶのは困惑の表情だった。そんな疑問符を顔に貼り付けたまま、霧子が俺に問いかける。
「あのさ、良。なにか、思い当たることは無いの?」
「……思い当たることか。まあ……、無くはない」
「あるの?!」
「何があったの?!」
「うーん。まあ、これも会長さんの勘違いだとは思うんだけどなあ」
勢い込んで尋ねてくる二人に、俺は「眉唾だけど」と前置きしてから、昨日、会長さんに言われた「俺に隠された能力があるのではないか疑惑」を話してみた。
何かあったのか、と聞かれれば、そのことしか思いつかないからだけど―――。
「……ということなんだけど」
「良に、隠された力か。うーん」
「また、突拍子もない話よね」
結果としては、まあ想像通り。俺の話は、二人の表情に浮かぶ疑問符がますますその数を増やしただけだった。そりゃまあ、そうだろう。なにせ龍也と霧子には、定期試験の度に実技練習などに付き合って貰っているのだ。俺の実力とか能力とかは、二人には筒抜けなのだから。
「ま、俺も突拍子もない話だって思う。実際、レンさんにも笑われたしな」
「あ、先生には相談したんだね」
「一応な。会長さんの話だから、気になってさ」
「なるほど。でも、先生が言うのなら会長さんの勘違い何じゃない?」
「俺もそう思う」
霧子の言葉に、俺ははっきりと頷きを返す。
確かに会長さんは「天才」って呼ばれるだけの魔法使いだって思うけれど……でも、魔法使いとしてレンさんと会長さんのどちらを信用するのか、と言われれば、俺は躊躇わずに「レンさん」って答える。
「でも、何故か会長さんは妙に信じたがってる……気がするんだよなあ」
「案外、良をからかってるだけじゃないの? 要するに悪戯」
「そうかな? わざわざ車で良を迎えにくるなんて、ただの悪戯にしては度が過ぎてる気がするけれど……」
「そう言われると、そうかも」
「俺としては悪戯である方がまだいいんだけどな」
何しろ、昨日は「本当に実力あるかどうか試す」と魔法でひどい目に遭わされたのだ。もし悪戯だとしたら、アレよりもひどい扱いには中々ならないだろうけれど、もし会長さんが本気で「俺がまだ力を隠している」なんて思いこんでいるとしたら……今後、どんな方法で「試される」のかなんて想像すらしたくない。
陰鬱な想像に襲われて、知らず溜息が口を突く。そんな俺の肩をぽん、と叩きながら、霧子が励ますように明るい声で言った。
「でも、そう悪い方向にばかり考えなくてもいいんじゃない?」
「どう考えろって言うんだよ」
「だから、良の力云々は脇に置いておくのよ。そうしたら、会長さんの今朝の行動は純粋に、「お詫び」っていう意味になるんじゃない? ほら、会長さんも遊園地の事故のこと、謝ってくれたんでしょう?」
「ああ……なるほど」
霧子の指摘に、一瞬考えてから、俺は「なるほど」と頷いた。
会長さんとは何かとトラブルというか、言い争いのような雰囲気になることが多いからか、彼女の行動の意図を色々と勘ぐってしまうのが当たり前になってしまっていたけれど。今朝の行動に限って考えるのなら、あまり深読みしない方がその意図はすっきりと腑に落ちる。あんな高級車に威圧された所為で、すっかり小市民的に怯えてしまっていたけれど、そう考えると怯える必要もなくなるわけだし。
「つまり「隠された力うんぬん」は会話の切っ掛けって考えればいいのよ。単純かつ前向きに考えるのなら、今朝のことは、会長さんの方から和解の手を差し出してくれたって事じゃない?」
「なるほど。楽観的に考えるのならそうだけど」
「悲観的に考えなきゃ行けない理由はないんじゃない?」
「ごもっとも」
俺に秘めた力があるのなら天敵認定してたたきつぶせる―――、なんて物騒な台詞を、昨日、口走っていた気もするけれど、あれも会長さんの冗談だろうし。
そう考えると、気持ちが軽くなった。
「そっか。そうだよな。うん。最近、悪い方向にばかり考えが向いていたけれど……うん。そう考えるとすっきりする。ありがとな、霧子」
「あ、うん。まあ、そんなにお礼を言われることでもないけど……」
率直に礼をいうと、霧子は少し照れたように目線を逸らしてから、誤魔化すように笑った。
「ま、当分は大変だろうけど、しばらくしたら噂も収まるでしょ。私と龍也も手伝うから、なんとか切り抜けてよね」
「ああ、頑張る。あと、頼りにしてるよ」
午前中だって、霧子や龍也が群れ来る野次馬達を追い散らかしてくれたから、助かっていたのだ。正直、二人が居なかったら会長さん崇拝者達の群れに拉致監禁されたあげくに、尋問されていたかもしれない。
……流石に考えすぎだろうか。しかし、連中の目の色を見ているとあながち杞憂とも思えなかったりする。
「任せて。お礼は後で良いからね」
「お礼については前向きに検討します」
「それは検討する気がないときの言い方でしょうが。ね、龍也―――?」
呼びかける霧子の視線の先、龍也はなんだか浮かない顔をして、首をひねっていた。
「……龍也?」
「あ、なんでもないよ。うん」
問い掛ける俺に、龍也は慌てた様子で手を振りながら、
「今日は、なるべく一人にならない方が良いと思うよ。良」
まだあまり油断はしない方が良い、と遠回しに、そんな警句を口にしていたのだった。
/3.生徒会室の親友達(昼休み)
「神崎君の所は、ちょっとした騒ぎになっているようですね」
「あら、そうなの?」
昼休みの生徒会室。
私の報告に、しれっとした表情で答えたセリアだったが、その口元は僅かにほころんでいた。恐らくは、神崎君が右往左往しているのを想像して楽しんでいるのだろうけれど……困ったものだ。
「セリア。目的を忘れている訳じゃないでしょうね」
「勿論。ちゃんと彼との友好を深めるつもりよ。忘れてないわ」
「言っておきますが、友好を深める、という言葉は世間一般では、虐めるという行為と同じではありませんよ」
「わかってるってば。鈴は心配性なんだから」
「心配したくもなります」
非難めいた言葉にも機嫌良く応じるセリアに私は溜息を零しながら、昨晩の出来事を脳裏で反芻していた。
/(昨夜)
時計の針が零時を指そうという時刻。そろそろ休もうかと思っていた頃に、セリアからかかってきた電話の内容は、俄には信じがたい内容だった。
その内容とは魔法研究所でカウル様が、セリアに告げたという仮説。つまりは、「神崎良君はセリアと同類かも知れない」という説なのだが―――。
「それで、セリアは神崎君と魔力交換をするつもりなんですか?」
「……正直、迷ってる」
私の問いかけに、セリアは受話器越しに小さく息をついた。吐息混じりのその言葉の響きに、珍しく彼女が本当に迷っている様子を感じ取って私は小さく頷いた。普段は即断即決を良しとするセリアだけれど、話の内容が内容だけに、即座に行動に移す、という事に躊躇いを覚えているのだろう。
セリアからの話を聞いた私も、正直なところ「突拍子もない」という感想しか抱けなかった。確かに、セリアの兄君である紅坂カウル様は、変わり者として扱われる方だけれど、研究者としては紅坂の魔法使いたち一目置かれる存在だ。普段の言動も飄々としていて人をからかうことも多いけれど、「セリアの同類」なんていう台詞を、軽々しく使うほど無分別な方でもない。
「セリアはカウル様の話を信じているのですか?」
セリアの同類。
それはつまり「世界樹に連なる魔法使い」ということを意味する。紅坂の血脈の中でも、過去数人にしか発現していない、その特殊な才能を、神崎君が備えている、という話を果たしてセリアはどこまで信じているのだろうか。
「あの人の話をそのまま鵜呑みにするつもりはないわよ。でも……」
「でも?」
「そうね……彼の力に興味が出てきたっていうのが、正直なところ」
「では、やはり神崎君と魔力交換を?」
「それが一番、早いんでしょうけどね。でも、魔力交換までするとなると、迷うのよね」
そしてセリアはまた躊躇いの言葉を口にした。そんな彼女に、私は、少し別の意味で首を傾げた。なんだかセリアは単純に「魔力交換」という行為そのものに躊躇いを覚えているように聞こえたからだ。
確かに魔力交換は嫌いな相手とするような行為ではないけれど……正直なところ、セリアが神崎君を嫌っているとは思えない。
まあ、セリアの場合は魔力交換の相手には、自分以外の魔法使いとの交換を禁じるといった独占欲の強いところはあるが……今回のこれに関しては、恒常的な魔力交換ではなく、あくまで神崎君の力を確かめるための行為だ。一回きりと割り切ってしまえば、セリアの独占欲が顔を出すこともないと思うのだけれど。
「何か躊躇う理由が他にあるのですか?」
「だって……」
尋ねる私に、セリアは少し言葉を切ってから、やがて少しふて腐れたような声色で続けた。
「だって、私の方から魔力交換を求めるなんて、なんだか負けたみたいじゃない」
「……なるほど。セリアらしい理由です」
「どういう意味よ」
きっと受話器の向こうではセリアが軽く頬をふくらませているのだろう。少し拗ねた口調から、そんな彼女の表情を想像して、私は口元がゆるむのを自覚する。そして、それと同時。胸に小さな痛みを覚えて、ほんの少しだけ目を閉じた。
……本当に。神崎君に対しては、あなたは子供に戻るのですね。そんなあなたは、私だけの特権だと思っていたのに。
脳裏をよぎる、少し身勝手な想い。勿論それを口に出すことはなく、私は大事な友人に向かって別の言葉を口にする。
「でも、それでは埒があきませんね。セリアは彼の力を確かめたいのでしょう?」
「ええ。あの人に焚きつけられた形になるのは癪だけどね。疑問を疑問のまま放置なんて、性に合わない」
「そうでしょうね。ですが、セリア。彼の方からあなたに魔力交換を求めてこない限りは、あなたの方から求めるしかないでしょう」
「―――それよ」
「え?」
突如、ぽつり、と受話器越しに呟かれたセリア声。その声に、不吉な響きを感じて私は思わず声を止めた。そんな私の予感を裏付けるように、セリアは妙に弾んだ声で、「名案だ」と言わんばかりに不穏な言葉を口にする。
「そうよ。要するに彼の方から、私に魔力交換して下さい、って言わせればいいのよね。簡単な事じゃない」
「あの……セリア? どうやって彼の方から魔力交換を求めさせるつもりですか? 客観的に見て、彼はあなたと距離を置こうとする傾向があるように思えますが」
現状を非常に控えめに表現し、「彼の方から求めてくることはまずあり得ない」と告げる私に、セリアは「大丈夫よ」と凛とした口調で応じた。
「大丈夫。綾さんのこともあるじゃない。彼も私と仲直りしたがっているわよ。きっと」
「……確かにそれはそうかもしれませんが」
確かに、以前、綾さんが生徒会入りしたときに、神崎君が「会長さんは悪い人じゃない」と言っていた、というような事は聞いた。確かに、彼とセリアの間にそこまで根深い悪感情はないのだろう。
無いのだろうけれど……それでも、友情関係とはほど遠いし、魔力交換を求める間柄にもほど遠いだろう。
それに―――。
「ふふ」
「? どうかしましたか」
思考の途中、不意に聞こえたセリアの含み笑いに、私は首を傾げた。一体何がおかしいのだろうか、と私が口に出して尋ねるより前に、セリアは優しい口調で私の心を言い当てた。
「焼きもち焼きね。鈴は」
「……」
どうやら見透かされているようだった。先ほどからの胸の痛みも。さっきセリアが「彼も『も』仲直りしたがっている」と言ったときの私の沈黙も。
「仕方ないでしょう。私には貴方だけなんですから」
「うん、わかってる。だから、安心して。あなたのそう言うところもちゃんと私は大好きだから」
「……調子良いんですから」
見透かされたことの嬉しさと気恥ずかしさを感じながら、それを誤魔化すように私は考えを口にした。
「でも、セリア。あまり奇をてらう必要はないと思います。素直に意図を説明すれば、おそらく彼は応じてくれでしょう」
彼の力を計るために、魔力を交換したい。おそらくそう言えば、彼は拒まないだろうし、ひょっとしたらセリアが望むように「自分から魔力交換を求めて」くれるかも知れない。
現状で最も真っ当で、正攻法に思えるその方法に、しかし、セリアは即答せずに、考え込むように沈黙を挟んだ。
「セリア?」
「うーん。多分、それが正攻法なんだろうけれど……」
「何か問題が?」
「だって、面白く無いじゃない」
「……我が儘はいい加減にしなさい」
「あ、鈴が怒った」
「ええ。怒ります」
冗談めかしたセリアの言葉に、同じ調子で応じながら私は少し考えを調節する。「事情を話す」というのは、早計かも知れない。彼がセリアと同類ではなかったとしたなら、余計な情報を漏らしてしまうことになるし―――同類だとしたら、彼の今後にどんな影響がでるのか、分かりはしないから。あるいはセリアが躊躇いを覚えているのは、そう言った点なのかもしれない。
「セリア」
「なに?」
「では、少し神崎君への態度を改めて見てはどうですか? 彼が本当にあなたとの関係改善を望んでいるのかはさておき、今のままでは到底、彼の方から交換を求めることはないでしょう」
「つまり、彼に優しくしろっていうこと?」
「有り体に言えばそうですね」
あくまでもごく普通の魔力交換を通じてセリアが彼の力を確かめる。それが理想の形だとしても、少なくとも、セリアの顔を見ただけで神崎君の顔が引きつるような現状ではどうにもならないだろう。
「……ねえ、鈴」
「はい」
「私って彼に嫌われてるの?」
「嫌われているかどうかは答えかねますが、少なくとも恐れられてはいるでしょうね。いきなり魔法で縛ったり、槍を突き出したりする人には好意より敵意の方が強くなると思います」
「あれは必要なことだったから問題ないわ」
「セリアにとっては、そうでしょうけれど。彼には別の受け止め方があるでしょう」
「う」
冷静に指摘する私に、セリアはしばし言葉を詰まらせる。そして、数瞬の沈黙の後。
「分かった。少し、優しくしてみましょう」
仕方ない、と言った調子で同意を返したのだった。
/
以上が、昨晩の出来事。そして、その結果として今朝のセリアの行動に繋がったわけだけれど―――。
昨晩、「方法は自分で考えてみる」と言ったセリアの言葉を信用した自分の迂闊さを、私は深くかみしめていた。
「ということで、効果の程はどうだったかしら」
「……言いたいことは山のようにありますが、一つ確認させてください」
軽い頭痛を堪えながら、私はセリアに問いかける。
「セリアは本当に神崎君と関係改善するつもりはあるのでしょうね?」
「当たり前じゃない。だから、わざわざ車も出したのよ? 今まであなたにしか許さなかった最高待遇なんだもの。これで関係が悪化するはずなんて無いじゃない」
何故か自信ありげに胸をはるセリアに、私は小さく目眩を覚えながら首を横に振った。
「今朝はセリアが一方的に神崎君をからかっていただけにしか見えませんし、登校方法も不必要に目立ちすぎです。あれでは神崎君も事情が分からずに困惑するばかりでしょう」
「そうかしら」
「そうです」
「むー。難しいわね」
どうして、彼を前にするといつものような冷静で余裕ある思考が飛んでしまうのか。正直、私にもその原因は掴みかねている。
そんな私の困惑をよそに、セリアは不満そうに頬杖をついて、唇をとがらせた。
「せっかく私と鈴の車に乗せてあげたのに」
「そもそもどうして車を出そうって思ったんですか?」
「……神崎さんの反応が面白そうだったから」
「……いい加減にしないと私も怒りますからね?」
「ごめんごめん。でも、ただ歩いて登校しても周囲が騒ぐことには変わりないでしょう? それに私が今更、普通に接しても神崎さんは警戒するだけでしょうしね」
「そういう自覚はあるんですね」
「むー。ちょっと鈴の言い方が神崎さんに似てきてるわよ」
「そうかもしれませんね」
ひょっとしたら私は彼と物凄く気が合う友人になれるかもしれない。セリアに振り回されるという共通点で。
半分、本気でそんな風に考えながら、私は腕を組み考えを巡らせた。
「もう少しやり方を考えないといけませんね」
昨日はセリアに口出しするな、と言われたから口出しをしなかったが……このままでは埒があかないだろう。
今朝の騒動は、言うなればセリアの人望の大きさを現すものだと受け止められるだろうけれど、このまま続くようなら会長自らが学院の風紀を乱していると捉えられかねない。
「大丈夫よ、鈴。その辺りはちゃんと心得ているから」
そう言って彼女は私に自信ありげに微笑んで見せた。普段なら、私の不安を杞憂だと吹き飛ばしてくれるその笑みは、今回に限っては妙に不安をかき立てる。
「別の方法を思いついているのですか?」
「うん。それなんだけどね。私は神崎さんのことをもう少し知った方が良いと思うのよ」
「……そうですね。それは正論です。でも、具体的にはどうやるつもりですか?」
「あら、分からない? 神崎さんのことなら何でも知っていそうな人が、我が生徒会にはいるじゃない」
「なるほど」
つまりは綾さんに、相談する、という訳か。
確かに「お兄さんと関係を改善したい」と申し出れば、彼女も協力してくれるだろう。
「今度は悪くない考えでしょう?」
「ええ。私も賛成します」
素直に賛同を送る私に、セリアも満足げに微笑んで、冷めかけた紅茶を口に運びながら言った。
「将を射んとせばまず馬を射よ……だったかしら。周囲から攻めていくのは常道といえば常道よね」
そんな古めかしい言葉をどこからかひっぱりだしてきて、セリアは名案だ、とばかりに微笑んだ―――のだけれど。
この時、私もセリアも自覚してはいなかった。
将を射んとせばまず馬を射よ。
その行為が綾さんという「馬」のしっぽに火を放つ行為に等しかったのだ、というそのことを。
(続く)
前のページへ。
小説メニューへ。
サイトトップへ。
|