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  魔法使いたちの憂鬱

       第二十五話 幕間 速水会の人たち。

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/1.速水会定例会議(鐘木セフィナ)

「今回の魔力交換会では特にトラブルはありませんでした。次回は二日後。速水君も了解済みです」
「そう。ご苦労様」
 淡々とした口調で告げられる事務連絡に、私もまた淡々とした口調で頷いて、報告してくれた女の子に着席を促した。
 放課後の空き教室。締め切ったカーテンの向こうから漏れ零れてくる夕日に照らし出される部屋の中に、私を含めて数人の生徒の姿がある。本来無人であるはずの教室に陣取って、私たちがいったい何をしているのか、と言われれば、「速水会の定例会議です」と答えることになる。速水会。要するに速水龍也君との魔力交換を希望する魔法使い達の集い。もっとぶっちゃけると速水龍也君ファンクラブ。その速水会の運営メンバーが集まっての定例報告会が今、行われているのだった。
 
「鐘木会長」
「ん? なに?」
 先ほどの報告をしてくれた女の子が、私に向かって呼びかける。「会長」とは他でもない、速水会の会長である私、鐘木セフィナのこと。つまり私は、速水君を慕う学生達の中で、最も速水君に近い存在と言っても過言ではないのだった。
 ……って、胸を張って言えれば良いんだけどなあ。実際の所、現実は中々に厳しく、実際は速水君との魔法交換の調整が一番大きな仕事だし。会長なんて役職だけど、別に魔力交換の回数に優遇制度はないし、それどころか「回数に不正があるんじゃないか」って言い掛かりをつけられることもあるし。それでもまあ会長職を辞したいか、と言われればそんなことはないわけで。だって「速水会会長」というのは、やっぱり速水君との特別な関係にあるわけだし、速水君から「鐘木さん。いつもありがとう。ごめんね、迷惑かけて」なんて微笑まれたりすると、それだけで世界樹の向こう側に旅立てそうな心持ちになれるので、やっぱり会長職は止められないのだった。

「……鐘木会長。聞いてますか?」
「あ、ごめん。ちょっと考え込んじゃった。何だっけ?」
「なんだっけ、じゃないですよ。今回の報告は以上ですって言ったんです」
「そう。ご苦労様」
 私の隣に座る女の子(彼女は速水会の副会長なんだけど)のふくれっ面を小さく笑って宥めてから、私は改めて教室に集まっている一同を眺めやった。速水会運営メンバーは主に高等部の学生が中心になっていて、今この場にいるのは高等部一年生から三年生までの女子生徒ばかり。ちなみに今は参加していないが、運営メンバーには二人ほど男子生徒も居たりする。速水君の人気は幅広いのだ。まあ、それだけに競争相手が多いと言うことにもなるのだけれど。

「他に気になることがある人はいる? 無ければこれで解散するけれど」
「鐘木会長。宜しいですか?」
 何もないだろうと期待して呼びかけた私に、しかし、手を挙げて答える声があった。視線を向けると、手を挙げているのは三年生の運営メンバーだ。年上なのに「鐘木さんは会長だから」といって敬語を使ってくれる几帳面な人で、なおかつ、いろいろと気配りができる先輩だった。要するに無視して良いような人ではない。

「はい。何でしょう」
「漠とした事で申し訳ないのですが、気になることがあります」
「漠としたこと?」
「ええ。その……最近、速水君がちょっと寂しそうに見えるんです」
 確かに本人の言うとおり、異常の報告というにはあまりにも漠然とした曖昧な表現。でも、その先輩の台詞に、運営メンバーの中に軽いざわめきが広がっていく。何人かは「やっぱり」という呟きを零しているので、どうやらこの先輩一人の思い違い、という事ではないらしい。
 そう考えて、私は脳裏に速水君の顔を思い浮かべる。いつも優しげな微笑を湛えている速水君だけど……確かに、ここ最近はその表情に憂いのような影がさすことがあったかもしれない。ああ、でも愁いを帯びた速水君の表情は、それはそれでたまらないモノがあるのだけど……って、話を戻そう。

「えーと、速水君にちょっと元気がないって思う人はどのぐらい?」
 私の問い掛けに、少しの間を挟んで、ぱらぱらと手が上がる。結局、挙手をした人数は、メンバーの六割を超えた。なら、やっぱり先輩の勘違いということもないのだろう。

「ふむ。……じゃあ、何か心当たりのある人はいない?」
「はい」
 続けて問い掛けた私の声に、元気の良い声が即座に答えた。今度は先の先輩ではなく、別の女の子。一年生で、ある意味での要注意人物だった。特に問題を起した経歴があるわけではないけれど、これから問題を起してくれそうだという意味において注目しているのだけど……さて。そんな彼女に対する想いを顔に出さないように、私は努めて優しい声で彼女に言葉を向けた。

「何か思い当たることがあるの?」
「はい。速水先輩じゃなくて、神崎先輩の周辺に異変があるんです。それが回り回って速水先輩の元気のなさに繋がっているのではないかと」
「……神崎君?」
 一年生が口にした名前に再度、ざわり、と教室内にどよめきが広がった。聞き覚えのない名前だったから……という訳じゃない。速水会のメンバーにとって、神崎良という生徒の名前は知れ渡っているのだから。速水君のクラスメートであり、一番の親友と目されているし、なんといっても速水会設立の立役者なのだ。ついでに私のクラスメートだけど、まあ、それはどうでもいい。

「神崎君がどうかしたの?」
「最近、頻繁に神崎先輩の家を女の人が尋ねているんです」
「女の人? それ、桐島さんじゃないの?」
「桐島先輩もその一人ですけれど、会長さんも……あ、生徒会長さんもです」
「……ふーん?」
 生徒会長こと紅坂セリア先輩と、神崎君。縁のない組み合わせ……という訳ではなく、むしろ、去年の速水君の件を考えれば「因縁」という言葉で繋がる二人ではある。だけど、生徒会長さん直々に神崎君の家を訪れるとは果たしてどういう訳か。
 その思いに私が首を捻っていると、ふと二週間ほど前の出来事が頭に浮かんだ。

「ああ、そう言えば……最近、生徒会長と神崎君って、一緒に登校していたような気がするわね」
「するわね、じゃないですよ」
 私の呟きに、傍らの副会長(ちなみに彼女も私と神崎君と速水君のクラスメートだ。まあ、どうでもいいけど)が、呆れたように息をついた。

「結構な騒ぎになってたじゃないですか。今だって時々、仲良く登校しているみたいですよ。知らないんですか?」
「知らないわよ。だって速水君の話題じゃないもの」
 だから、関心が薄くなってしまうのは仕方ない。そう嘯いてから、私はこれ見よがしに苦笑する副会長を尻目に、視線を一年生の方に戻す。

「あなたは、もっと詳しい事情を知ってるのかしら」
「はい。多分」
「じゃあ、話してくれる?」
「はいっ」
 促す私に、彼女は興奮気味に頷いて、ここ最近の神崎君の周辺で起きているらしい出来事を矢継ぎ早に話してくれた。
 それによれば、生徒会長だけでなく、桐島さん、速水君、そして篠宮先輩や、一年生の女の子、と言った面々が、放課後にほぼ日替わりで神崎君の家を訪れているらしい。特に会長さんに至っては、週二回ほど家を訪れ、そして朝も頻繁に神崎君と一緒に登校する、とのこと。もっとも朝の登校は二人っきりというわけでもなく、妹さんたちとも一緒に登校しているらしいけれど。でも、放課後は二人っきりになっているらしい、というのが報告結果だった。

「ということで、今、神崎先輩の周りが大変なことになってる見たいなんです。それに伴って速水先輩と神崎先輩が一緒に帰宅する回数も激減しています」
 そう言って報告を終えた一年生に、速水会のメンバーは「おおー」というどよめきと共にmまばらな拍手を送ったりしていた。彼女の報告は新情報であり、速水会の会員の誰もが掴んでいなかったものだから、確かにある意味では賞賛に値する。……まあ、ここにいる女の子は、基本的に速水君以外の異性に対しては関心が薄いので、神崎君の周辺を嗅ぎ回っているこの一年生が異例と言えば異例なのだけど。しかし残念ながら、この場合は賞賛に値するからといって、賞賛しっぱなしという訳にはいかないのだった。

「……なるほど。そういう状況になってたのね」
 浴びせられた賞賛に誇らしげに頬を紅く染める一年生に頷きながら、私は副会長を始め、何人かの運営メンバーに目配せをした。そして素早く、報告してくれた彼女に視線を戻して軽く微笑んだ。

「ところで」
「はい」
「どうしてあなたは、そんなことを知っているのかしら」
「え?」
「ちょっと知りすぎよね。少なくとも学院内だけの行動では知りようがないことだもん」
「え、え、え?」
 私の指摘に、一瞬の戸惑いを浮かべる一年生。そんな彼女の硬直と動揺を見逃さず、私はパチリ、と指を鳴らす。それを合図に、運営メンバーが彼女の周りをぐるり、と取り巻いた。

「あ、あの……?」
「速水会会規、第三条。禁則行為!」
 戸惑い狼狽える彼女に構わずに、副会長が朗々とした口調で告げる。

「速水君のプライバシーをみだりに犯してはならない!」
「特別な理由無く、魔法院の外での追跡行為は行ってはならない!」
「盗聴・盗撮およびこれに類する行為を行ってはならない」
「ようするにぶっちゃけると、あなた、ストーキングをしているわね!
「え、あ、う、その……っ」
 口々に役員の口から告げられる指摘に、得意げだった女の子の顔がにわかに青ざめていく。よしよし、良いリアクションだ。

「ち、違うんです! これは、その……」
「あなた、最近、高性能なカメラを買ったそうね。超望遠機能付き」
「う、何故それを……っ」
「語るに落ちたわね」
 私の指摘に絶句するストーキング少女、もとい、一年生。その彼女の態度が自白の証拠だと確信して、私は再度、パチンと打ち鳴らし、告げた。

「連れて行きなさい」
「はっ」
「いやあ!」
「おとなしくなさい」
「抵抗しても無駄よ」
「まあ、抵抗された方がそそるけど」
「うわ、あなたそういう趣味なの?」
「違うわよ!……まあ、興味が全くない訳じゃないんだけれどね」
「あ、私も私も」
「実は私も」
「いやあああっ!」
 なにやら不穏当なことを口走る三人ほどの運営メンバーに腕をひかれて教室から姿を消す一年生。腕を組み、その様子を満足げに見送る私の傍らで、再び副会長がもの言いたげにため息をついた。

「……相変わらず、こういうノリが好きですよね、鐘木会長」
「いいじゃない。別に」
 わざわざ会長職なんて承っているんだから、このぐらいの悪のりは許容して欲しい。

「というか、あなただって乗ってたじゃない」
「鐘木会長に合わせただけです」
「それは、ありがと。それで、今の子はどこに連れていかれたの?」
「あなたが知らないのに私が知るわけ無いでしょう。そもそも鐘木会長が「連れて行け」って言ったんじゃないですか」
「そんな昔のことは忘れました」
「……本当に、速水くん以外のことにはアバウトですよね。会長ってば」
「そうでしょう。そうでしょう」
「褒めてないですから、嬉しそうにしないでください。って、あ、戻ってきた」
 呆れたような(いや、実際呆れているのだろうけれど)副会長の声に、顔を向けると確かに連行されたばかりの一年生が、連行したはずの運営メンバーと一緒に帰ってきていた。まあ、多分、飽きたんだろう。基本的にノリだけで生きている運営メンバーが多いから。まあ、いいけど。
 ともかく、責められた疲労と、何事もなかった安堵と、本当にこれ以上何事もないのだろうかという不安感でぐったりとしているストーキング少女に、私は軽く咳払いをしてから改めて声かける。

「あなた」
「は、はいっ?!」
 私の声に、先ほどのストーキング少女はやや怯えた眼を向ける。少し脅しが過ぎたかな、なんて思いつつも私は平静を装って彼女に罰を告げた。

「ともかく会規違反は違反だからね。これから一週間、空き教室の掃除しなさい」
「うう、わかりました」
「わかればよろしい」
 とてもボランティア精神にあふれる罰だと思われるかもしれないが、放課後に勝手な活動をしている私たちとしては、こまめに清掃活動とかでポイントを稼いでおく必要があるのだ。いわゆる一石二鳥という奴なのだった。

「さて」
 ストーキング少女が反省した様子で頷いたのを見てから、私はそろそろ本題に移りましょう、と軽く手を叩いた。

「方法はともかく、彼女の報告は事実のようだけど、皆はどう思う? 速水君の元気のなさは、神崎君といる時間が減っているからだって思う人、居る?」
 改めて問い掛ける私に、今度は即座の反応は返ってこない。銘々が考え込むように腕を組んでみたり、顔を見合わせてみたり。ひそひそと小声で「どう思う?」なんて声をかわしている人たちも居る。だけどみんなの様子を見ている限り、件のストーキング少女の仮説を否定するような雰囲気はどこにも無いようだった。
 どうやら皆、多少なりとも神崎君の出来事が速水君に影響を与えているのではないか、とは思っているらしい。

「……ふむ」
 一応、ここで断っておきたいのだけれど、速水会の運営メンバー全員が、速水君と神崎君が「怪しい関係」だと思っている訳じゃない。まあ、実際問題、速水君と神崎君の「関係」を邪推というか、勘ぐったりする女の子が多いのだけども、私自身は、男同士の関係というには抵抗がある方だ。いや、まあ、全くその手の話に興味がないわけでもないけれど、ああいうのは空想だからいいのであって、身近な人間同士で想像してしまうのはちょっと生々しすぎるというか、なんというか。……コホン。話を戻そう。
 ともあれ、別に私はあの二人が性の壁を乗り越えている間柄だとは思っていない。いないのだけど……速水君にとって、神崎君が特別なんだろうなっていうのは、わかっている。
 なんというか……そう! 神崎君と話をしているときの速水君は、こう、可愛いのだ。もの凄く。あの時の速水君の目の輝きと来たらどうだろう。ああ、思い出すだけでご飯三杯はいけます! というか、たまにはそのポジションを私に変わりなさいよ、神崎君っ!

 ……失礼。ほんの少し、取り乱してしまった。ともあれ、私たちも伊達に「速水会」なんて名前を冠している集団ではないのだ。速水君が神崎君に向ける視線が、ほんの少し特別だって事ぐらいはわかっている。問題はそれが友情なのか、愛情なのかなのだけど、そこの所は、正直、わからない。だから、私自身も今の疑問にはっきりとした考えを出せない。

「あの、鐘木会長」
「なに?」
「そもそも生徒会長は、速水君から神崎君に乗り換えたんでしょうか」
「どうかしら」
 副会長の疑問に、私は首を捻る。確かに去年の騒動は、生徒会長の速水君に対する執着が引き起こした訳で、今の生徒会長の行動を見ているとその執着の対象は神崎君に移ってしまっているようにも思える。そんな副会長が呈したその質問は、煮詰まっていた皆の想像を刺激してしまっていたらしく、運営メンバーは本題もそこそこに生徒会長さんについて口々に言い始めた。

「雨降って地固まる、って奴なのかしら」
「でも、正直、生徒会長には神崎君より、速水君のほうがお似合いよね」
「あ、私は篠宮先輩の方がお似合いだと思う」
「私も、私も! やっぱり、あの二人の組み合わせは良いわよねー」
「えー。私は百合は抵抗あるなー」
「なによ。あんた、いつも速水君と神崎君は鉄板だって力説してるくせに。男同士はよくて、女同士は駄目だっていうの?!」
「あら、男同士はセーフよ」
「女同士だってセーフよ!」
 うん、ちなみに両方ともアウトだ。
 会員たちの雑談に心の中で突っ込みつつ、私はなおも続く会員達の話に耳を傾ける。

「そもそも「釣り合い」とか考えるのは不毛よ。この学院で、速水君に釣り合う人間なんて、生徒会長ぐらいしかいないじゃない」
「そうよねー。速水君、可愛いし、優しいし、成績良いし。生徒会長は綺麗だし、凛々しいし、成績良いし」
「ダメよ。去年の事、もう忘れたの?」
「あくまで外見と成績での釣り合いの事よ。性格的には合わないっていうのはわかってるってば」
「じゃあ、桐島さんは? あの人、速水君の幼なじみなんでしょ? 成績はそこそこだけど、綺麗だし、凛々しいよ?」
「うーん。でも、あの人、神崎君の事、好きなんでしょ?」
「え、嘘! そうなの?! 狙ってたのに!」
 どっちだ。どっちを狙ってたんだ、あんたは。
 尚も心の中で突っ込みつつ、黙っているといくらでも色んな事をカミングアウトしてくれそうだなあ、なんて期待しつつ、私は更に耳を傾ける。って、気付くと傍らの副会長も、何とも言えない表情で会話に注意を傾けている。そういえば、なんだかんだで噂話とか好きなのよね、この娘も。

「そうだ、神崎君の妹さんなんかどうかな? 一年生の」
「あー、それは私も釣り合ってると思うな。彼女、凄く成績良いんでしょ?」
「そうそう。可愛いし。優しいかどうかはわからないけれど、生徒会長に張り合える逸材らしいわよ」
「彼女も人気あるよねー」
「彼女、生徒会に入ったんだよね? しかも生徒会長に誘われたらしいよ」
「未来の生徒会長ってことかな? 凄いよね」
 おっと、ここで妹さんが登場か。うーん、神崎君、妹さんに負けちゃってるよ。頑張らないと。
 などと私が内心で、無責任に神崎君を応援していると(冷やかしているとも言うけれど)、同級生の一人が不意に「でも」と、神崎君を擁護する言葉を口にし始めた。

「でも、私はちょっと良いって思うけどな……神崎君って」
「あ、問題発言」
「何? あなた速水君から乗り換えるつもり?」
「裏切りね? 裏切りなのね?!」
「裏切り者には、裏切り者の烙印を刻むのよ。誰か焼きごての準備を!」
「はい!」
「はい、じゃないわよ! って、なんで本当に、焼きごてなんかあるのよ?!」
「いや、こんな事もあるかと思って、絶えず鞄の中に」
「そんなもの入れてるんじゃないわよ!」
「流石ね」
「そこも褒めてるんじゃないわよ!」
 ……ノリと勢いだけで生きているにしても限度があるんじゃないだろうか。流石に焼きごては理解と予測のの範疇を越えていた。大丈夫かな、この会。
 混沌としてきた会員たちの会話に少々呆れつつ、ふと傍らの副会長に視線を向けると、何故だが、より一段と呆れた視線が副会長から私の方に向けられていた。まるで「あなたがいい加減でノリだけで生きているから会員にも伝染するんです」と言わんばかりの視線。いや、それは流石に私の被害妄想だろうか。でも、視線で責められている気もする。まあ、いいけど。

「と、ともかく!」
 私が副会長の視線の意図を考えている(殊更に曲解しようとしているとも言うけど)間に、女の子は「焼きごての刑」から無事に脱出したらしい。

「乗り換えるとかそういうのじゃないわよ! ただ、神崎君だって格好いい所あるって思うんだけどなーって。そう思わない?」
「思いますっ」
 と、焼きごての刑から逃れた焼きごて少女(という名称は流石にどうかと思わなくもないが、意外と気に入ったのでしばらく使おうと思う)に、さっきのストーキング少女が呼応した。速水君の不調の原因を誇らしげに推理した時と同じ様に、軽く頬を上気させながら彼女はその思いを口にする。

「あの、私も、私も神崎先輩って良いって思います」
「そうでしょ、そうでしょ。うんうん。わかる人にはわかるのよ」
「何を悟ったようなことを言ってるのよ。そもそもどこが良いわけ? 言っちゃ何だけど、彼って地味じゃない?」
「見た目はそうかもだけど。例えば、ほら、去年、生徒会長さんに面と向かって文句を言ってくれたのって、神崎君だけだったじゃない」
「あ」
「そう言われると確かに」
「あの時の神崎君は、格好よかったよね」
「うんうん。そうでしょ、そうでしょ」
「『こういう無理矢理なの止めてください』って」
「速水君を庇いながら、生徒会長の前に立ちふさがったのよね」
「確かにあれは良かったね」
「そうでしょ、そうでしょ。うわー、思い出しちゃった。どうしよう」
「そうですよ。あの時の神崎先輩は、その、素敵だったと思います」
 頬を硬直させてそう主張しているのは、例のストーキング少女。その様子を見ていると、どうやら彼女の「標的」が純粋に速水君であったのかどうか怪しく思える。そんなことを心の中で考えつつ、賑やかな会員たちの態度に、私は軽く肩をすくめた。

 ……なんだ。人気あるんじゃない。彼。

「まあ、神崎君にも格好良い所があるのはわかったけど……だからって、速水君から乗り換える気はないけどねっ、私は」
「だから、私も乗り換えるなんていってないってば。……でも、さ。速水君って高嶺の花じゃない? だから、現実的に彼氏にする人って考えると、神崎君って以外と現実的な候補だって思わない?」
「駄目よ。神崎君は速水君のものなんだから」
「だから男同士なんて発想は止めなさいよ」
「愛の前には性別なんて些細なものよ」
「女同士は反対してたくせに」
「だって、生産性がないじゃない。子供作れないし」
「男同士だって作れないわよ!」
「大丈夫。頑張れば、いけるわ」
「真顔で言うんじゃないわよ!」
「だって、いけるんだもの」
「誰か! 彼女に、医師の手配を!」
 ……今度、運営メンバーの総入れ替えをした方が良いかなあ。流石に不安を覚えてきて、そんなことを考え始めていた私に、不意にストーキング少女が声をかけてきた。
 
「鐘木会長はどう思います?」
「私も流石に無理だと思うなあ。子供は」
「そっちじゃないですよ! 神崎君のことです」
「あ、そっちか」
「当たり前です」
「私は速水君一筋よ」
「興味ないんですか?」
「うん。あんまり」
 少なくとも恋愛の対象として見てはいない。まあ、色々と借りはあるし、いい人だとは思うけれど。私の今の彼への感情はあくまで「いい人」どまり。
 だから、自然と素っ気なく答える私に、焼きごて少女は少し拍子抜けしたような表情を浮かべた。彼女的にはもう少し盛り上がるような反応が欲しかったのかも知れない。そんな彼女の表情がおかしくて、私は微笑みながら、じゃあもう少し別の意味で盛り上がる話題を、と彼女に忠告を上げることにした。

「まあ、あなたの好みにとやかく言う気はないけどね。でも、神崎君はやめておいた方が良いと思うなあ、わたしは」
「どうしてですか」
「だって彼、シスコンだもの」
「シスコン?!」
 私の言葉に、予想通りの反応を示してくれるストーキング少女。そして、周りの会員たちも私の言葉に刺激されて、また騒ぎ始めた。

「あ、そういえば、私、妹さんと腕を組んで歩いているのをみたわ!」
「うそ、なにそれ?! どういう事?!」
「禁断?! 禁断の関係なの?!」
「ひょっとして、血の繋がっていない兄妹とか?」
「どっちにしてもそそるわ! ああ、駄目?! 創作意欲が……っ」
 なにを創作するつもりなのか。まあ、あえては聞かないけど。微妙に興味がないこともないので、後で一冊予約しておこうかな。
 などと暢気に考えていると、ストーキング少女の方も顔をなんだか青くしながら私の方に詰め寄ってきた。

「か、鐘木会長。それ、本当の本当なんですか?」
「うん、本当。しかも重度のシスコンだからね、彼。付き合うとしたら大変だよ。きっと」
「じゅ、重度の……?! 重度ってどのぐらい重度なんですか?」
「食い下がるわね」
「そ、そう言う訳じゃないですけどっ、あの、そう! 好奇心、純然たる好奇心です」
「ふむ」
 なるほど。その好奇心とやらが発達したあげくにストーキングへと繋がっていく訳か。しかし、ストーキングするほどに興味があるのなら、知っていてもおかしくはなさそうだけど。

「そうね。仮に、神崎君が女の子とデートの約束をしたとしましょう」
「はい」
「でも、その当日に妹さんが熱を出してしまいました。その場合に、デートより妹さんの看病を優先するってぐらいにはシスコンでしょうね」
「ええっ?!」
 私のたとえ話に悲鳴のような声を上げるストーカー少女。そんな彼女の傍ら、今度は焼きごて少女が、表情を引きつらせながら私に詰め寄る。

「か、鐘木会長。なんだか、微妙に例えが生々しいんですけど……、実際にあったんですか? それ」
「……別に。ただの偏見だけど」
 まあ、実体験かどうかはおいておいて。少なくとも私の中での神崎君はそのぐらいシスコンなイメージだっていうこと。彼のお人好しが病床の妹さんを放って、暢気に遊びに行くとも考えにくいし。

「ま、ともかく、神崎君に手を出すのならそれなりに覚悟した方がよいわよ」
「やっぱり、妹さん対策ですか?」
「それもあるけどね」
 ちょっと意味深に微笑んで、告げてあげた。

「やっぱり意外と人気者みたいだからね、彼」


/2.翌日(鐘木セフィナ)

「随分、疲れてる見たいね」
「鐘木さん」
 意外な話題で盛り上がった速水会会合の翌日、私は話題の主であった神崎君が一人になるのを見計らって声をかけた。
 もっとも、学校にいるときの神崎君の周囲には、桐島さんか速水さんのどちらかが一緒にいるので、こうして彼が休み時間にトイレに行く時ぐらいしかタイミングがなかった。……おかげで男子トイレの前で、待つハメになった。まあ、いいけど。
 ともかく、そんな私の内心など知るよしもない神崎君は、私の言葉に何度か眼を瞬かせてから首を傾げた。

「疲れてる見たいって……そんなに疲れて見える? 俺」
「うん、見える。相変わらず面倒事でも抱えてるわけ?」
「いや、そういう訳じゃないよ。今度の試験に向けてちょっと頑張ってるだけ」
「ふーん?」
 今度の試験に、何か胸に期すものでもあるんだろうか。そう言われると確かに疲労の滲む顔つきではあるが……萎れてしまいそうな雰囲気、という訳じゃない。

「今度の試験って、そんなに頑張る理由があるわけ?」
「まあ、それなりに」
「会長さん絡み?」
「え?」
「最近、会長さんと仲が良いみたいじゃない」
「仲がよいっていうか……んー。まあ、そうかな。最近は、色々とお世話になってるよ」
 少し歯にものが挟まっているような口調。だけど、多分、嘘は言っていない。まあ、それはそうなんだろう。彼って基本的に嘘がつけないお人好しなのだ。……昔から。だから今もまた、その人の良さを発揮して、また面倒ごとを背負い込んでいるのだろうけれど。

「いいの? それで」
 そんな彼の姿に「まあ、いいけど」と零す気にならずに、私はそんな言葉を投げてしまっていた。

「? いいのって、何が」
「だから。会長さんにつきまとわれて、振り回されて、困ってるんじゃないのかなって」
「困ってはいないよ。まあ、確かに振り回されてはいるような気はするけど」
「ならいいけど……ホント、そういう所、変わらないわよね。初等部の時から」
「え?」
「別に。なんでもないわよ」
 軽く肩をすくめて、私は彼から視線を外す。振り回されてはいるけれど、困ってはいない。それはどういうことなのか、踏み込めば教えてくれるのかも知れないけれど、殊更、踏み込んで欲しいような理由も彼にはないだろうし……踏み込むような理由が私にもない。基本的に一途な私としては好きな人以外にあんまり踏み込んだりはしないのだ。
 うん。私が好きなのは速水君であって、それは中等部の頃から、ずっと変わっていない。だから……まあ、本題に入ろう。

「それより、速水君のこと構ってあげてる?」
「龍也のこと?」
「そう」
 そう、こっちが本題。昨日の速水会の結論では、「神崎君に速水君をもっと構ってあげるように働きかける」ことを当面の指針にしてみたのだった。これで速水君の元気が回復すれば良し、しないのなら、別の対策を私たちの方で考える、ということなのだった。

「速水君のこと、蔑ろにしてないでしょうね?」
「してないよ。って、蔑ろにしてるっていうのは、例えばどんな風に?」
「そうね。例えば、速水君を構ってあげてないとか」
「構ってあげてないというか、相変わらず、お世話になってます」
「いじめてるとか」
「あのね。あいつが本気になったら、一方的にやられるだけなんだけど」
「じゃあ、精神的な責め苦を行っているとか」
「肉体的にも精神的にも虐めていません」
 私の問いに苦笑混じりに答えていた神崎君だったけど、ふと不安げに表情を曇らせた。

「っていうか、ずいぶん変な質問だけど、ひょっとして最近の俺って周りからはそういう風に見えてるの?」
「そういう訳じゃないわよ。一応、釘を刺しておいただけ。神崎君って、最近、人気者ものみたいだからね。ちゃんと速水君との友情も大事にね、って忠告したかっただけ」
 人気者。昨今の彼の状況を見ていても、昨日の会合の様子を見ていても、多分、それは間違いじゃないのだろう。色んな意味で人気者。普段、速水君や妹さんの影に隠れてしまっているはずなのに、それでも何人かの眼を退いてしまっている。……基本地味なくせに。まあ、いいけど。私としては速水君を狙う子が、神崎君に乗り換えるというのなら歓迎すべきことなのだろうし、神崎君が速水君の不調の原因にならないように気をつけてくれさえすればそれで良いのだ。そんな思案を巡らせる私に、今度は神崎君の方が質問を投げかける。

「鐘木さん」
「ん」
「ひょっとして、龍也に何かあったの?」
「んー……まあ、何もないけど」
「……」
「嘘じゃないわよ」
 嘘だけど。でも、無言で問い掛けるのは止めて欲しい。多少なりとも罪悪感が刺激されるような気がしないでもないから。

「じゃあ、速水会でもめ事でもあった?」
「ないわよ」
 まあ、揉めたと言えば揉めたし、騒いだと言えば騒いだけれど、まあ、いつものメンバーのいつもの騒ぎだしね。そう考えつつ、ふと「実は神崎君のことを気になっているらしい女の子が速水会にいるのよ。しかも複数」なんて言ってあげたらどんな反応をするだろうか、なんて疑問が胸に沸いた。
 ……って、どんな反応をするんだろう。

「……」
「鐘木さん」
「……なんでもないわよ」
「今、変なことを考えてる顔してたよ」
「そんな事はありません」
 うん、嘘じゃない。だって、変なことは考えてはいないから。まあ、屁理屈だけど。
 しかし、そんな誤魔化しは見抜かれてしまったようで、神崎君は少し口調を改めて、私の顔を見つめた。

「鐘木さん」
「なに?」
「疲れて見えても、困ったことあるんなら、相談ぐらいは乗るよ?」
「速水君の事なら大丈夫だってば」
「龍也のこともそうだけど、鐘木さんのこともだよ」
「……私?」
「色々大変だろ? 速水会とかさ」
「別に。好きでやっていることだから、苦労なんて思わないわよ」
 うん。好きな人のために、好きな人の傍にいられるようにって、やっている事だから、苦労だなんて思っていない。それにまあ、それなりに楽しいっていうのも確かだから。

「じゃあね。私、ちょっと隣のクラスに用事があるから」
「ああ、うん。じゃあ」
 我ながら少し強引に話を打ち切ると、神崎君は少し戸惑った表情のまま、それでも頷いてくれた。
 その彼の表情に、私は自分の行動に気付いて、私は内心で小さく息をついた。……なんだって、私、神崎君に絡んだりしてるんだろうって。そう自問して、すぐにその答に気付いて、小さく頭を振った。
 何のことはない。昨日の速水会での出来事で、少し、そうほんの少しだけ……私は、焼き餅を焼いてしまっていたらしい。

「……鐘木さん?」
「ねえ、神崎君」
「なに?」
「妹さん、風邪なんか引いていない?」
「妹? 元気有り余ってるよ」
「そうなんだ。初等部の頃にはよく体調崩してたじゃない」
「ああ、そう言えば」
「良く覚えてるね」
「たまたまよ」
 嘘だけど。
 なんたって初等部の時、初恋の人と遊びに行くっていうイベントが無くなった原因なんだから、覚えたりしているのだ。……うん。我ながらこういう所は根暗だと思う。直さないとなあ。
 まあ、遊びに行くのは二人っきりじゃなくて、他の友達もいたし、そもそも本人には臭わせたこともなかったんだけど。そして中等部に入って、すぐに速水君に一目惚れしてしまって今に至ったりしているわけだけど。
 ……それでも、心のどこかで彼を特別扱いしてしまうぐらいには、まだ仄かな好意は胸の奥底に眠っていたりしたのかも知れない。まあ、ほんの些細なものだろうけれど。

「ごめんね」
「え?」
「なんか絡んじゃったみたい。でも、おかげでちょっとすっきりした」
「そう? なら良かったよ」
 よくわからないけどね、と苦笑して答える神崎君は、やっぱりお人好しで、だから、わたしは本心から彼に告げたのだった。

「ま、お互い頑張りましょ」
 きっとお互い好きで背負い込んでいる苦労なんだろうからって。なるべく優しい笑顔で笑いながら。


続く

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